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2017/APR/21 「最後の町」

日本へ帰る便は土曜日の昼にマドリッド発だったので、マドリッドには泊まらずトレドで2泊して、土曜の朝に直接空港へ向かうことにした。マドリッド、トレド間は30分おきにバスがあり交通の便がよい。

トレドはスペインの有名観光地で、とても綺麗な町だ。スペインには何度も来ているが、本当に美しい町が多いと感じる。たぶん観光でヨーロッパをはじめて訪れた人が感じる感動を、今でも素直に感じることができるのはとても幸せなことだ。

エル・グレコの有名な絵、なんたら男爵の葬儀は正直今一つピンとこなかったが、町の南を流れるタホ川の向こう側から眺める旧市街の全景はとても素晴らしかった。展望台近くに一軒だけあるカフェの、外のテーブルで町を眺めながらワインを飲んだ。イタリアやスペイン、東欧の古い町を見ると、日本にはない統一された街並みにいつもいいなーと、なぜ日本はあんなになってしまったのかと思うことが多い。17年も前に初めてヨーロッパを訪れたときに感じたこの疑問は、今でも変わらない。

最近訪日客の急激な増加にともない、日本政府も観光に力を入れはじめ、日本は素晴らしい国でそれがツーリズムにつながっているのだと手放しに喜んでいるが、観光客が増えたのはなにも日本だけではない。世界的にどこでも観光客が増えているのだ。裕福層が世界的に増加し、海外旅行人口自体が増えている。端的に観光客増加を自分たちの成功だと勘違いし、その場所の本当の価値、文化や歴史の価値についてもう少し長期的に考えることを怠れば、今後大きく発展するであろうツーリズムで日本は大きな損失をこうむることだろう。

今日は一日中「明日はいよいよ帰国かー」と何度も考えていた。ここからまたヨーロッパを陸続きに旅することも可能だが、アフリカ一周の満足感にひたっているうちに旅を終えるのがいいように思えた。こういう旅は何処で終わらせるかがいつも悩ましい。元々帰りの決まった旅でなければ自分で帰るタイミングを決めなければならない。前回は東チベットで金が尽きて、そこからなんとか日本まで辿り着くので精一杯だったので自分の意思とは関係なく帰国した。今回はまだお金はあるが使い切るにはもう2年は旅を続けることができるし、そこまでのモチベーションはもはやない。旅の動機は人それぞれだが、個人的にはやはり好奇心であるべきだと考えている。それが、アフリカ大陸を出た今、先に進むために必要な好奇心が失われてしまったように感じた。きっとこの旅はここが終点なのだろう。

長い旅をするといろいろな旅人に会う。休学して1年間旅する学生、卒業旅行の学生、長めの休暇で周遊の旅をする社会人、会社を辞めて、次の仕事を始める前に旅に出た人、何度も旅に出ている経験豊富な旅人、旅中での収入を得る方法を持って、旅をしながら生活する人。動機も皆それぞれで、憧れの海外観光地を見てみたい人、社会で行き詰まりを感じ、旅に何かを求める人、ただ会社員はもうしたくないという人、写真や本の出版のために旅する人、そして好奇心の強い人。

休暇や出張という限られた時間の旅行とは少し違った旅をするには少しの勇気と多くの好奇心が必要になる。人生に安定を求めるなら、長い旅はその安定を大きく曲げてしまうことになるかもしれない。長旅をしたら必ず何かを得られるわけではないし、何かが解決されるわけでもない。リスクなのかチャンスなのかはその人の捉え方とその後のその人の行動、結果によって決まるものだが、人生は思ったより短く、本当にやりたいことを考える時間は社会に出てからはそんなになかったように思える。旅に求めるものは人それぞれだが、今回のアフリカの旅の中で日本で会社勤めをしていたら考えなかったであろ様々なことを考える時間だけはあったように思える。これからをどう生きるか、どういう人間であるかという自分の中の哲学をつくることがすこしだけ出来上がった気がする。旅で得られるものなんてせいぜいこんなものだろう。

30代の終わりがもうすぐそこまで来ている。大きく分けて4度にまたがり5年以上を旅に費やしてきた。150カ国以上を周ったが、いくら行ってもその先はまだ続いている。すべての国をまわるような義務感の旅にはまだ興味はないが、またいつか好奇心がフツフツと湧いてきたら旅に戻ってみたいと思う。まだ見ぬ世界を見るために。


今回でアフリカ一周の記事は最後です。最後まで読んでくださったかた、ご愛読ありがとうございました。人生は旅をプラスすることで少しだけ変わってくると思います。繰り返しの日常や、固定概念でつくられた人生に疑問を持ったとき、どうか普段の生活とは違った方角を見ることをしてみてください。それではみなさん良い旅を。




















2017/APR/20 「アルハンブラ宮殿」

アルハンブラ宮殿には入場制限があり、ネット予約では3ヶ月くらい前まで埋まっているという過熱ぶりだ。昨今の中国人観光客の増加で、もはやいきなり訪れて入れるものではなくなってしまった。だが、宿のスタッフ曰く、アルハンブラ宮殿には当日券があり、毎日50~300枚程度売り出されるらしい。これを手にいれるには朝の6時くらいに宮殿入り口のチケット売り場へ行って、並ぶ必要があるという。5時半には宿を出なくてはダメだろう。チケットオフィスが開くのは8時なので、真っ暗のなか二時間も待つことになる。

ホントに並ぶ人がいるのかと思っていたが、行ってみるとまだ5:50分だと言うのに暗闇のなか既に100人以上はは並んでいて驚いた。しかも列はもうひとつ別の方にもある。宿からここまでは登りで、汗をかいたが、10分もすると汗が冷えて寒くなってきた。ひとつ後ろのフランス人のおじさんは家族旅行でグラナダにきて、家族代表で並んでいると話した。いい父親だ。

8時にオフィスが開いたが、順番待ちなので、実際には8:40分くらいに順番がきた。しかし、この少し前、後少しでチケットオフィスだというときに、ナザレ宮殿チケット売り切れのニュースが前の方の観光客から聞こえてきた。そして、その直後にフランス人のおじさんの娘と奥さんがやって来てしまった。おじさんは申し訳なさそうに宮殿チケットは売り切れと言うと娘と奧さんはショックな表情をあらわにした。なんとも言えない空気がながれる。おじさんはよく頑張ったと弁明してあげたい気分だった。

6時に来た時点でチケットが買えるか分かりそうなものだが、宮殿のオープン前なのでスタッフはまだ来ておらず、暗闇の中、寒さに耐えて3時間近くも待たされたあげく、売り切れ。なんともいただけないシステムだ。

ナザレ宮殿は入れなかったが、それ以外の部分は入場規制がなく、入ることができた。ナザレ宮殿なしでも、アルハンブラ宮殿はゆうに3時間は必要な広さで、庭園、要塞、幾つかの建物に博物館が見られ十分に素晴らしかった。また、博物館の2階の展示室の窓からナザレ宮殿の中庭の手前側がチラ見することができる。なぜ中庭全部を見えるようにしないのか理解できないが、チケットを買えなかった人は少しだけでもここから見ることができる。

早朝は観光客が少なかったが、途中から大量の観光客がやってきて、見て回るのも大変な感じになった。これがあるから有名観光地は好きではない。世界の有名観光地は今は何処も中国人が溢れていて、彼らは今後もっと増えるだろう。なにが悪いというわけではないが、団体ツアーでやって来て、1ヶ所に固まり、大きな声で中国語を話してるのを聞くと、まるで中国にいるような錯覚に落ち、その国の情緒は一瞬にしてすっ飛ぶ。12億の人口といのは本当にとてつもない。次はインド人が大量にやってくる時代がくるのだろう。その頃にはどの観光地も中国人とインド人で溢れかえっているに違いない。
























2017/APR/19 「出アフリカ」

タンジェはなかなかよい町だった。メディナには面倒な客引きもいたが、それほど害ではなかったし、物価も安く、いい感じの安食堂があり旅人向けの町といえるだろう。

アルヘシラス行きのフェリーは今は新しい港から出ているようで、タンジェの町からはかなり放れていた。よく覚えてないが、15年前はタンジェの町の中心近くに着いたはずだ。降りたとたん客引きがスゴい勢いで寄ってきて、荷物を引っ張ったりと大変で、逃げるようにフェズ行きのバスに飛び乗ったのを覚えている。

新タンジェ港までのバスはタンジェの鉄道駅前から出ていて、40分で着くと聞いていたが、実際には1時間以上かかり、危うく10時発のフェリーを逃すところだった。といっても出港は遅れて、船が出たのは11:30だったが。

とても大きく空港のようなフェリーターミナルで、船まではシャトルバスで連れていってくれる。もはや完全に先進国スタンダードで昔の情緒はここには一切ない。この港もチャイナマネーが投入されているらしく、港の端では中国語の社名の書かれた仮囲いの中で拡張工事が進んでいる。

船が動き出したので甲板に出て、アフリカの最後の姿を眺めた。真新しい港にきれいな船が止まっているのは、どうもアフリカのイメージには一致しなかったが、そんなことお構いなしに船はスゴい速度で遠ざかっていく。アフリカもドンドン発展していっているということなんだろう。長い間、何度も旅をすると発展や変化が見られるというメリットがある。昔、まだ情緒のある時代に、ここを船でわたっておいて良かったとおもった。

アルヘシラスもタンジェ同様にえらい変わりようだった。タンジェのように旧市街があるわけでもないので、もはや全く面影はない。昔は港も小さく、港周辺ももごみごみしていて汚かった。フェリーもそこまで大きくなく、モスクが付いていたが、今はスペインの会社の巨大なフェリーで乗客も殆どが外国人だ。港のすぐ裏には一体誰が住んでるんだというくらい、高層マンションが立ち並んでいる。鉄道駅もバスターミナルも刷新されて新しい。

電車があったので、グラナダまでの移動は電車にすることにした。 だが電車は何故かグラナダには行かず、途中から振り替えのバスになった。グラナダはその昔ロンドンから休暇で来るはずがフライトを逃して来れなかった過去がある。アンダルシア-アラビッグ建築の最高峰と言われるアルハンブラ宮殿は長年見たいと思っていた建築物だ。

グラナダの町は思った以上に魅力的で、街中に点在する古い建築群、細く不規則な路地に数々の広場と人々で賑わうタベルナですぐに気に入った。特にカテドラルは素晴らしかった。ライトアップされた町は博物館のようで遅くまで歩き回った。

宿のスタッフが教えてくれたビュースポットへ登ると、ライトアップされたアルハンブラ宮殿が暗闇のなか浮き上がっているのが見えた。あれから15年、ついにグラナダにやって来ることができた。石の腰壁に座っている観光客のすき間に静かに腰をおろした。周囲から視線を感じるのはモロッコでテントと物物交換したジェラバと頭に巻いたインド布のせいだろう。

















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