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2015/SEP/30 「ベラルーシVISA」

今日はベラルーシvisaのピックアップの日だ。
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時に宿をでて、途中にあるKGB博物館を見てから、ベラルーシ大使館へ行くことにした。博物館はソビエト占領下の時にKGBの建物として使われていたもので、地下には実際に使われていた牢屋や処刑室も公開されている。本物だけあって、地下の雰囲気は半端ない。

大使館に着いたのは11:45だったが、ゲートの電光掲示板はシャッターが降りていて、申請に来たときにはあれほど賑わっていたのに誰もいなかった。インターフォンを鳴らすと、ロシア語で何か話すのが聞こえたので、visaの受け取りに来たと言うと「ノーヴィザ トゥデイ。トゥモロー」と言われた。英語で受け取りは今日だと言われたと説明するが、ロシア語で何やら説明されて切れた。後から来た女性も何やらインターフォン越しに話して帰っていった。今日はやってないようだ。ミンスク行きのバスは今日の16:00発で、チケットを買ってしまっているので困った。

途中まで帰ったが、やはり大使館に引き返して、再度インターフォンを鳴らす。さっきと同じようなことを話し始めたのでvisa受け取りのレシートでカメラをふさぐと、建物からおじさんが出てきた。すかさず今日発のバスチケットを見せて、「今日もらえないと困る。今日来いと言われたのにおかしいだろ」と言うと怪訝そうな顔をしたが、しぶしぶ中に入れてくれた。

中にいたスタッフは「何故入れたんだ?」という表情で不機嫌そうにこっちを見ているが、レシートを見せて「どうしても今日欲しい」というと「英語はわからないわよ!」的なことを言ってからvisaの付いたパスポートを返してくれた。有効期限は9/1から10/2、滞在期間は2Daysとある。スタッフは渡すときに「2日間だぞ」的なことをロシア語で言った。

ミンスクを出る列車に入国から48時間以内に乗ればいいと過大解釈して、申請時にダメ元で10/2の夜発のミンクスからキエフ行きの夜行電車のチケットを提出した。何も言われなかったからオッケーかと思ったが、これだとベラルーシからウクライナの国境に着くのは翌朝の10/3になり、visaにはしっかりと10/2までとある。多分ダメなパターンだ。

宿に戻り、荷物をまとめて、余った食料で昼飯を食べた。そして駅まで歩いて行って、キエフ行きのチケットの日付を10/1に変更してもらい、隣のバスターミナルへ向かった。結局ミンスクには夜に着くので実質1日だけだ。

バスは時間通りに出発した。ベラルーシのイミグレは人気がなく、とても寂しげだった。国境にはDuty Freeの店があり、バスの乗客はみんな走って行き、ウォッカを持って走って帰ってきた。

20:30くらいにバスが止まった。目の前には通りを挟んで左右対称に建つ、いかにも共産主義っぽい建物がどっしりと構えていた。ミンスクのようだ。意外と近代的な町だなーとすこし周りを歩いてみる。ホステルの位置を確認すると着いた場所の共産主義建築の4階だった。すごい古そうだ。階段室のエレベーターは見たことのない規格で奥行きが50cmしかなく、中も真っ暗だった。扉にはセンサーがないので腕で扉を押さえても扉が閉まるのがとまらないので危険極まりない。ホステルの中に入るとスタッフがいなく、客もロシア語しか話さないのでどうしていいか困ったが、一人だけ英語のわかる中国人がいて、宿のオーナーはたまにしか来ないから空いてるベッドを使ったらいいと教えてくれた。

すごい太った金髪のおばさん二人が入り口近くでタッパに入ったマカロニを食べている。あれでエレベーターに入るのかな?と思ったが聞くのは止めておいた。


中国人にどこか食料を買える場所があるか聞くと、近所の小さなスーパーに連れて行ってくれた。ライ麦パンとハムの塊、ビールを買って、持ってたチーズと一緒に食べて夕飯を済ませた。不思議なところだ。










2015/SEP/28 「冬に追いつかれる前に」

昨日、カウナスからヴィリニュスへ着いてすぐに、ヴィリニュスからミンスク、ミンスクからキエフのチケットを買った。

ベラルーシは東ヨーロッパで唯一日本人がVISAが必要な国で、観光VISAはロシア同様、旅行代理店に頼む必要があるので、トランジットVISAで行くことにした。申請にはベラルーシ入国用のチケットとベラルーシから第3国へ出るチケットが必須で、昨日買ったチケットと記入した申請書を持って領事館へ向かった。申請はあっさりと終わり、30日に受け取りとのこと。

ヴィリニュスの町はタリンやリーガに比べると旧市街が明確でなくそのまま外へ広がっていく感じだ。かなり遠くにオフィスビル群が見えるので、そういうエリアもあるのだろう。
建物もエストニアやラトヴィアよりもメンテがされてなく、古くてボロい感じがなかなか良い。宿も16ユーロでとても快適だった。

ここにきて、日中もだいぶ寒くなってきた。いよいよ冬がそこまで来てる感じだ。最近はタイパンツの下にタイツを履くことにしていたが、昨夜、酒を飲んで履いたまま寝て、朝起きるとケツのところが裂けていた。6年も前にネパールで買ったものなので生地がそうとう弱っていたのだろう。リトアニアの人たちに失礼なので、他のズボンをはきたかったが、トレッキングパンツはロシアで大きく破れてしまって修理が必要だったので、仕方なくレインウェアーを履いてしのぐことにした。


日本を出てからだいぶ経ってしまったが、今回の旅の目的はアフリカだ。早く南へ行かなければ。冬に追いつかれる前に。







2015/SEP/27 「杉原千畝」

カウナスはとてもきれいで、リーガに比べればほとんど外国人も見かけない小さな街だった。この街はソ連がヴィリニュスを占領していた間、リトアニアの首都だった場所で、当時、ここの日本領事だった杉原千畝がナチスに追われてきたユダヤ人に日本通過のVISAを政府の意向に反して発行して、6000人のユダヤ人を救った場所だ。昔の領事館は今、杉原記念館として、当時の資料を展示してあるというので訪れてみた。

ベルを鳴らすとスタッフの女性が出てきて、中に入れてくれた。小さな館内で他にはだれもいない。最初に杉原千畝のビデオを見てから、各部屋の展示を見てまわった。杉原はカウナスを出る電車の中でも、電車が駅を出るぎりぎりまでVISAを書き続けてユダヤ人に渡したという。VISAを手にした、ユダヤ人はロシア経由で日本に渡り、そこから世界中に散って行った。イスラエルでは杉原は英雄だが、日本ではそれほど知ってる人はいないかもしれない。

杉原記念館を出て、公園を通って新市街へ降りてくると自転車に荷物をくくりつけている白人がいた。よく見るとルーカスだった。「ルーカス!調子はどうだ?」と呼びかけるとこっちに気がついて笑顔を見せた。ルーカスは、昨日すこし離れた別の町から到着したらしい。体調を崩して、途中でバスに乗ってカウナスにたどり着いたという。彼もまた宿探しに苦労して、サマーホステルという宿に泊ったが、ドミは空いてなく25ユーロの個室に泊ったと説明した。
ルーカスの自転車はカーボン製でタイヤもとても高そうだった。彼はスイス人らしく、装備にはかなりこだわっているようで、マムートの3レイヤーのゴアジャケットにオークレーのサングラスをして、バックパックはアーキテリクスの超軽量モデルを使っていた。

ルーカスは今日もまだ体調が良くないので夕方のバスでポーランド国境へ向かうという。展望台に一緒に行くかと誘うと「Sounds not bad」といつもの台詞で返事をした。


展望台からは川に挟まれた旧市街が半島のように見え、空には雲が多かったが幸い太陽が出ていたのでなかなか良い景色が楽しめた。午後はルーカスと旧市街のカフェで過ごした。カウナスは川沿いに開けた、きれいな旧市街を持つのどかで良い街だ。







2015/SEP/26 「十字架の丘」

3泊したリーガを後にして、リトアニアへ向かった。ラトヴィア国境を越えてすこし行ったところに十字架の丘と呼ばれる場所があるのを10年くらい前に東欧を旅したときに調べたのを覚えていた。お墓ではなく、人々が十字架を持ってきて、丘に置いていってできたもので、ソ連時代に何度も撤去されたが、それでも夜に隠れて、十字架を置きに来る人が絶えなかったという人々の祈りの場所だ。

勝手な想像で、断崖絶壁にあるものだと思い込んでいたので、平地にあったことにすこしガッカリしたが、近くにいくと、大きな十字架の足元は無数の十字架で埋め尽くされていて、十字架の量に圧倒された。今でもいろいろな国から十字架を設置に来る人がいるらしく、今後もっと大きな丘になるのかもしれない。

十字架の丘のあるシャウレイには泊らすに、その日のうちにリトアニア第二の都市カウナスまで移動することにした。

夕方5時過ぎにカウナスのバスターミナルに着き、歩いてホステルに行ったが、いっぱいだと言われる。他に3軒ホステルがあるがそれらも埋まってるという。この街も他の地方都市同様、ホステルの数が足りてないようだ。満室の時にいつも紹介するホテルがあるといい、バスターミナルの近くのMagnus Hotelを紹介された。ダブルルームを一人で使う場合は朝食無しで26ユーロだった。三ツ星ホテルとしては格安だが、10ユーロあれば泊れるバルト三国では、高い宿泊費だ。ガッカリしてホテルに行ってチェックインした。

スーパーでビールを2本買い、ベッドの上で横になりながら、TVのリトアニア語に葺き替えられたハリウッド映画を見ながら飲んだ。今夜はずいぶん久しぶりの個室だ。







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