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2015/AUG/20  「国境越え」

目が覚めるとバスのなかは自分一人になっていた。見知らぬ汚いおじさんが肩を叩いて起こしてきた。

とりあえずバスからでるとタクシーの客引きが5人くらいいて、「ボーダー、ボーダー、ボーダー」と話しかけてくる。「ザミーン ウード?」と言うと、一人が120元と言った。「全然たけーよ!」と言って立ち去ろうとすると「70」という声がかかった。60から80元と聞いていたのでそのおじさんの車に乗ることにした。国境超えはジープだと聞いていたが、おっさんの車は中国版トゥクトゥクといった感じだ。

おっさんは15分くらい行ったローカルな宿の前でとまった。「ここにジープの運転手が泊ってる」といい、レセプションが入り口ソファで寝ているのに無視してその宿の中にどしどし入っていった。時計を見るとまだ朝5時半だった。2階の客室の扉を開けて中に入り、寝ていた女性を起こして、なにやら話をしている。話し終わると「これがジープの運転手だ。10時に国境があいたらザミン・ウードまでいく」と紹介した。人の迷惑をまったく顧みないすごいやつだ。

外は寒く、やることもないのでレセプションの椅子に座りひたすら待つ。9時半くらいにようやくジープの運転手のおばさんが降りてきた。10時半になったら出発するという。

時間になってもジープは出ず、結局11時に荷詰めを終えジープに乗り込んだ。ジープは運転席以外に座席がなく、目いっぱい荷物を積んでいた。乗客も他に一人だけで荷物の上に座った。

中国側の国境には大きな虹のオブジェが本物の虹のようなサイズで建っていた。それをくぐり、中国のイミグレを抜けるとすこし走ったところにモンゴルのイミグレがあった。
入国審査の列にはモンゴル人しか見当たらない。なぜか車のフロントガラスを抱えたモンゴル人のおじさんがいる。そのまま入国審査を受け、カウンターの脇をフロントガラスを抱えたまま通り過ぎていった。あれでなにも聞かれなかったのだろうか。


ジープはモンゴルに入国すると空き地で積荷を停まっていたトラックに移した。そしてウミン・ザードの駅前まで送ってくれた。心配していた電車のチケットはまだあり、2等寝台を買った。今夜は横になれそうだ。





2015/AUG/19 「北京嫌い」

上海からの列車は8時過ぎに北京駅に到着した。乗客は大量の荷物をも持って列車から降りてゆく。寝れずに疲れていたので、すこし待っから降りる。

駅から出ると、駅前は上海駅以上にたくさんの人で溢れていた。何かのイベントかと思ったが、ただ人が多いだけだった。警察の数も半端ない。警察犬もたくさんいるが、ただの犬のようにもみえる。

ウランバートル行きのチケットを調べにチケット売り場の建物に入ろと、ここも人で溢れていた。20くらいあるカウンターにはすべて30人くらい人が並んでいる。16番カウンターが外人用だが、列には中国人しかいない。仕方なくその列に加わる。ようやく順番が来て、ウランバートル行きのチケットを聞くと駅では売ってなく、近くの北京国際飯店で売ってると言われた。なぜ電車のチケットが駅ではなくホテルで売ってるのか意味不明だ。
すぐそこに見えるのに歩道橋や地下道を通らなければ道が渡れないので見た目以上に時間がかかる。北京は相変わらず歩行者にきびしい。

ホテルの旅行会社でチケットを聞くと、1200元だという。飛行機でいっても変わらない値段だ。直行はあきらめて、きざむことにした。

バスを乗り継いで、バスターミナルへ行き二連行きのバスを聞くと値段は180元だが、今夜のバスのチケットは無いという。北京に泊るのはやだなーと思っていると、近くのおばさんが「アーリェンか?」と話しかけてきた。18時に別のバスがあって、250元で乗れるという。「高いよ」と言って歩き出すと、「230?」と値下がった。それでも無視して進む。
屋台で果物を食べて戻るとまたおばさんがやってきて「乗るのか?」と聞いてきたので「その値段では乗らない」と答えが値段は下げてこない。今度は汚いおっさんがやってきて「アーリェン?」と聞いてくる。こっちは220元だという。「200なら乗るよ」と言うとどこかに電話をかけ始めて、話が終わると「オッケー」と言った。

おっさんはバイクと人力車を足したような乗り物で走り出し、おおきなデパートの裏の空き地でとまった。何もない空き地にパイプ椅子に座ったモンゴル人っぽい男がいて、おっさんはその男になにやら説明した。男の言葉の中に180という数字が聞こえたのでバスは18020がマージンということだろう。まーいいかとお金をおっさんに渡した。

バスは6時発なので、それから時間をつぶすのは苦労した。6時に戻ると車でバスのある別の場所へ移動して、それから荷詰めだった。乗客はほとんどモンゴル人でみんな大量の荷物をもっていたので、バスのトランクには納まらず、車内の通路に山積みになった。
これには相当の時間を要し、バスが出たのは結局9時過ぎだった。


北京はやっぱり好きになれない。


2015/AUG/18 「無座」

中国の電車の座席には軟臥、軟座、硬臥、硬座がある。硬臥がインドのスリーパーに相当するいわゆる2等寝台で長距離移動に最適だが、売り切れるのが早い。

宿の近くのチケット販売所で北京行きを尋ねると、安い電車はすでに硬臥、硬座まで売れ切れていた。無座ならあるという。無座と言うのは座席はないが乗れるというものだ。自由席と違いそれようのいくつか席が確保されているわけではない。
これ以上、上海にいる用事もないので、無座で上海から北京まで買った。177元。そんなに安くない。

上海駅前はどこから来たんだというくらい人がいて、駅舎に入るまでにも見た目以上に時間を要した。駅前の広場からは、出張のときに常宿にしていた5つ星のGrand Mercure Hotelがどっしりと構えてるように見えた。昨日までいた65元のホステルとは大違いだ。北京までは17時間なので食料を買ってから改札へ向かった。プラットフォームに下りるととんでもない長さの列車が停まっていた。チケットを見せて場所を聞くと最後尾から2つ目の車両だという。遠くにかすんで見える距離だ。

無座は基本的に硬座の車両に詰め込まれる。ただし、始発からすべての席が埋まってるわけではないので、空いてる席にとりあえず座る。中国人はなれたのもで最初から床にシートを敷いて横になる。硬い椅子よりも床で横になったほうが快適という判断だ。

列車は途中の駅でどんどん人を乗せていき深夜過ぎには、車内はかなりの人口密度に達した。



2015/AUG/16 「上海」

最後に上海に来たのは会社を辞める前の最後の出張で虹口SOHOの現場確認に来たときだ。あれからもう4ヶ月半も経った。すこし前に現場常駐のLinさんがほぼ完成したと連絡をしてきた。彼女の才能をフル活用したコラージュ写真も送られて来て期待が膨らんだ。

ところが肝心のLinさんは夏休みで日本へ帰国していて21日まで戻らないと言う。しょうがないので施主の担当者に連絡して一緒に見て周ることにする。担当者は突然の連絡にも快く時間を空けてくれた。

昼時に行って、メシをご馳走になろうと思ったが、担当者は以前は使ってくれた経費を使おうとはしなかった。腹が減っていたが飯抜きで建物を見てまわる。後半で施工クオリティーが落ちたようで、新しく施工された箇所はひどかった。最後に時間に追われて突貫工事になったのだろう。とくにランドスケープの施工精度は悪く、ここからどこまで修正できるか不安になった。


Linさんは写真のコラージュに時間を使いすぎてしまったのかもしれない。



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