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2015/OCT/7  「オデッサ作戦」

もはやキシニョウの町でやることはなく、昨日は公園で筋トレに励んだ。

次はウクライナのリヴィウまで行こうと思ったが、バスは14時間もかかるというので、オデッサへ行き、そこから夜行列車でリヴィウへ行くことにした。オデッサまでは5時間でバスは頻発していた。また沿ドニエステル共和国を通ることになるのかと思ったら、折角なので沿ドニエステル共和国の首都ティラスポリを見てみたくなった。

ティラスポリまではバスで1時間半。また沿ドニエステル共和国の国境ゲートがあり、今度はその横のイミグレの建物へ行き、パスポートを見せて、名前やパスポート番号の書かれた紙を貰った。それを出国までもっていなくてはいけないようだ。自称独立国家なのに相変わらず面倒なやつらだ。案の定、モルドヴァ出国スタンプはもらえなかったが、入国スタンプもないので、これで辻褄が合うなと思った。ルーマニアへ抜けるか空路で出国ならどうなるのだろう?

ティラスポリは「ここが町のメインストリートですか?」と何度も聞かないとわからないくらいの町で、2時間で切り上げて、オデッサ行きのバスへ向かった。ティラスポリの見所を挙げるなら、ロシアでも見なくなったレーニン像とよくわからない戦車の置物だろうか。町の繁栄をみるかぎり、別に独立することもなかろうにと思えたが、彼らには彼らの主張があるのだろう。しかし、自国通貨を持っていたことには驚いた。その名も沿ドニエルテル・ルーブル。少しだけ両替したが、結局余ってしまったのでまたワインを買った。キシニョウでは見かけなかったワインなので沿ドニエステル共和国のワインかもしれない。楽しみだ。

オデッサには夕方に着いた。町はキエフ同様に古く崩壊感があり、良い感じだ。
宿に着いてから、すぐに外を歩きに出た。薄暗くなる空を見ながら港へ行き、そこからオペラハウスと一番栄えているデリパスカ通りを見て帰ってきた。この町はリゾート地だけあって、観光客用のレストランがおおく、中心部の通りはとてもキレイに整備されていた。物価も弱冠高めだ。

宿に帰ると部屋に日本人客がいた。話しかけると、長期旅行者だった。22年間のサラリーマン生活を辞めて、東南アジアに1ヶ月旅行に行ったら、それが半年になり、その後日本から再出発して陸路と船でアフリカを目指すことになったという突発的な旅だ。バックパックが妙に新しいのが始めての旅を物語っていた。
久しぶりに日本人の旅人に会ったので、沿ドニエステル共和国で買ったワインを空けた。どうやら貴腐ワインだったようで甘かったが、そこそこいけた。

先にビールを空けていたので、だいぶ酔いがまわってきた。ノートパソコンを持ってラウンジへ行き、機動戦士ガンダムの「オデッサ作戦」をネットで探して観始めた。オデッサと言えば多分これだろうという満足感がこみ上げてきた。













2015/OCT/4  「沿ドニエステル共和国」

キエフはとても気に入ったし、ウクライナはインド並みの物価なので、もう少し長く居ようと思ったが、モルドバへ行くことにした。バスターミナルでキシニョウまでのバスを聞くと、10時間かかるが夜行があるというので夜発にした。(ロシア語なので実際にはかなり苦戦している)
キエフはこの二日間で散々歩き回ったので、今日は遅く起きて、近くの綺麗なカフェで優雅な朝食にした。宿が1泊80フリヴニャなのに朝食は95フリヴニャもかかってしまったが、先進国にもまったく引けをとらないクオリティだった。

宿の客とも仲良くなり(娼婦は除く)、ナイジェリア人から実家の写真を見せられたが、塀で囲まれていて、刑務所のようだった。ナイジェリア人たちは外出する時にはいつも洋服にアイロンをかけてから出かけて行った。几帳面なやつらだ。ナイジェリアは、ほんの数日前にボコ・ハラムによるテロで100人以上の死者を出したばかりで、ウクライナに引けをとらない混乱具合の国だ。彼らはボコ・ハラムよりはロシア軍のほうがまだマシと考えているようだ。

20:00に宿を出て、バスターミナルへ行き、ケバブと飲み物を買ってバスに乗り込んだ。21:45にバスは出発し、すぐに寝ようと思ったが、国境までにいくつかの町に寄り、人が乗り降りしたので寝れなかった。夜の2時くらいにウクライナのイミグレで停まり、職員が乗り込んできた。終わって少し走るとバスはまた停まった。モルドヴァのイミグレかと思ったら、沿ドニエステル共和国だった。

これはモルドヴァのソ連大好きな人達が一方的に独立を宣言した自称独立国家で一丁前に国境ゲートを作って、入国審査もしている。モルドヴァ、ウクライナ国境沿いのドニエステル川周辺なので、ウクライナから入る場合はたいていこの国を通ることになる。

パスポートを預けて、入国カードを記入する。カードは上半分が入国用で、下半分が出国用になっていて、職員は上半分を破って回収した。そのあとバスは自称沿ドニエステル共和国の中をしばらく走り、今度は出国審査で停まった。同じように職員が入ってきて、パスポートをチェックし、出国カードを回収した。ツーリストは別室に連れて行かれてお金をたかられると聞いていたが、何もなかった。ただ、問題はモルドヴァの入国スタンプも無いということだ。あまりの睡魔で深く考えることはできず、難しいことは着いてから考えることにした。


時計を見るともう4時だった。全く寝れなかったので寝むりたかったが、その2時間後にバスはキシニョウの北バスターミナルに着いた。予定よりも2時間も早く。

まだ朝焼けの中、バスを降りたが、ひたすら眠かった。自称沿ドニエステル共和国、本当に迷惑なやつらだ。




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