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2015/OCT/27 「建国の父クリントン」

すこし遅めにプリズレンを出たので、プリシュティナには午後2時くらいに着いた。首都というにはかなり小さな町に見えた。予約した宿まで町を見ながら歩く。バスターミナルからの大きな通りを歩いて行くと、交差点に銅像が建っていた。独立運動のリーダーがなにかかなーと注意せずに通りすぎようとしたが、像の下にビルクリントンと書いてあるのに気がついた。立ち止まってまわりを見ると、今歩いて来た大通りもビルクリントン ブルバードと書いてある。

首都の一番の通りがビルクリントン通りだ。トルコでいうアタチュルク、インドならガンジー、パキスタンなら、、ちょっと忘れたが、つまり建国の父のポジションだ。コソボ紛争でベオグラードを空爆したのは殆どアメリカのようなものだから、当時の大統領クリントンがコソボでは英雄というわけだ。

旅をすると中国に負けず劣らずアメリカが世界で嫌われていることに気がつくが、ここではアメリカLOVEだ。多分世界でこんなにアメリカを好きなのはコソボだけだろう。

コソボは国民の9割が、アルバニア人だ。なのでアルバニアでみかけたショッカーのお店がここにもたくさんある。相変わらず悪い組織にしか見えない。

宿は9ユーロと安くはなかったが、改装中でなかなか良いラウンジエリアが出来上がりつつあり、完成してから来ればよかったなーという感じだった。宿の半分は使えない状態だったが客は案外入っていた。

プリズレンではあまりの寒さで寝袋に入って寝たが、ここでも夜は寒さがきつく、改装中のホステルの中はほとんど外気温とかわらなかった。












2015/OCT/26 「プリズレンの子供たち」

コソボ最初の町、プリズレンには夕方に着いた。中心に川が流れ、その周りにはカフェやレストランがあり、なかなか良い所に思えた。コソボはロシアや中国に独立が承認されていないが、アメリカやEUの後押しでどんどん国の機能ができてきている。国連治安維持軍が常駐していて、まだ危ないのかなと思ったがそんな事は全く無さそうだ。

始めに行った宿はイマイチだったので、もう少し歩いて、City Hostelという宿に落ち着いた。

翌日町を歩いて回った。小さな町で23時間もあれば一通り見れたが、古い教会やハマムなどの遺構はすべて閉じられていて、オープンするにはかなりの改修が必要そうに見えた。旧市街を見下ろす丘の上には砦があり、町が見渡すことができた。この町は子供たちが元気で何度も写真を撮ってくれと頼まれた。その後は決まってFaceBookで写真を送ってくれと言って、FaceBookInvitationを送ってくる。宿に戻り承認したとたん「私の写真はまだか?」と催促のメッセージが送られてきた。それも友達を承認したすべての子供から。なんだこの遠慮のない子供達は!と思ったが、すぐにみんなに写真を送ってあげた。しかもフォトショまでして。


コソボもアルバニア同様ケバブとハンバーガー、ピザくらいしかないので自炊しようとスーパーに行ってみた。野菜や果物、それ以外の食料品もおおよそ安かった。中でも鶏肉がダントツに安く、冷凍の500gくらいの骨付きを買うと0.44ユーロだった。よく見るとラベルに0.80/Kgと書いてある。いったいどうやったらこの値段で売ることができるのだろう。今まで見たどの国よりも圧倒的に安い。謎だ。






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