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2016/JAN/24 「ランドクルーザーの運ちゃん」

昨日ランクルの運ちゃんと約束したホテルへ朝10時に行くと運ちゃんはまだ来てなかった。それから一時間経っても現れず、痺れを切らしてランクル乗り場へ行くと昨日の運ちゃんが近寄ってきた。「なんでホテルに来なかったんだ?」と聞くが英語がイマイチ通じなく、逆に「この車が今日出るんだ」といって別の車の所に連れてきて、その車の運ちゃんを紹介してきた。周りには既に人だかりができ、20人くらいの老若男女に取り囲まれる。みんな適当なことを話しかけてくるので、「英語が話せるヤツはいるか?」と言うと他の車に乗ってた男が連れて来られた。その男が言うには、「この運ちゃんは既に9人乗客がいるから、お前を合わせると10人だ。14人になったら出発するし、夕方5時まで待っても集まらなければ10人でも出る」とのことだった。値段は30ドルで間違いないか?後ろの席でなく助手席に座るということを確認してから宿に戻った。

宿のオーナーにその話をすると「今日出るかは怪しいよ」と言った。「彼らはみんな嘘つきだよ。車が出発するまで絶対にお金は渡すな」と助言してくれた。

時間が出来たので、ボラメの町を見て回った。この町にはほとんど外人は来ないようで、みんな珍しい物を見る目で見てきた。ハルゲイサでは半分くらいは悪意のあるニーハイ!チーニー!という話し方だったが、ここのはホントに外人を見たことない感じだ。相変わらず写真は歓迎されないが、ハルゲイサに比べるとまだ撮りやすかった。町の中心にはモスクと市場があり、活気があった。食堂も多く、食べ物の種類が少なかったベルベラに比べると、はるかに過ごしやすいように思えた。

夕方にランクル乗り場へ様子を見に行くと、ランクルに人が乗り込んでいて「もう出るぞー」と言われた。ホテルから荷物を取ってきてランクルの上に積んだ。今日はランクルが二台出るようで、両方の車の周りには人だかりが出来ている。なんだか大勢のひとに見送りされてるようで気分がよい。ゼイラまでは未舗装の道を13時間らしい。久しぶりのシンドイ移動になるなーと変な武者震いが身体の中を通るのを感じた。








2016/JAN/23 「ソマリランドシリング」

ベルベラからのバスは朝の8時でバスターミナルの近くで朝食をとる時間があった。エチオピアにいたときはバスは大抵5時発だったので、朝食は食べれなかった。食堂で何があると聞くと肉野菜炒めのようなものが出てきた。インジュラのようなグレープがあったので紅茶をかけずにそのままくれと頼んだ。何も言わなければきっと紅茶に浸かったべちょべちょのが出てきただろう。ベルベラもハルゲイサ同様、べチャパンが朝食の定番のようだ。

バスは11:30にハルゲイサに着いた。ボラメ行きのバスがあるか聞くと午後2時にあるというのでチケットをすぐに押さえた。ハルゲイサに1泊しないとダメかと思っていたので良かった。

どうも今朝からシリングで会計をするとドルよりも安くなっていた。おかしいなと思い、通りの両替屋でドルレートを聞くと6000まで下がっていた。2日前まで7500だったのが1500も下 がったことになる。ドルに対していきなり2割もの上昇だ。ソマリランドの記念にソマリランドからハガキを出そうと郵便局を探すとソマリランドには郵便局は無いことが分かった。ハルゲイサにはDHLがあり、そこから郵送は可能だと言われたが一番小さな小包扱いになり、ハガキ1枚日本に送るのに58ドルと言われて諦めた。DHLのスタッフは恐らくハルゲイサ一で一番英語が上手く、ドルレートについてきくと、昨日政府が7500から6000に変更したと教えてくれた。国内でしか流通してなく、他の国では紙くずのソマリランドシリングは政府がレートを決めてるようで、政府の一声で翌日にはドルに対して2割も高くなるという恐ろしい通貨だ。ベルベラに行く前にもっと替えておけば良かったと思ったが、既に時は遅しだ。

ハルゲイサからボラメは2時間半くらいで、着くなり警察署に連行された。警察署は言われなければ分からないくらいに民家で、署員も言われなければ分からないくらいに村人だった。ソルジャーが必要と言われたが、観光省からのレターを渡すと「オッケー。ユー  ドンニード ソルジャー」とすぐに意見を変えた。レターを貰っておいて良かった。

ゼイラまでの道は未舗装でバスは無く、乗り合いのランクルだと聞いていたので、トゥクトゥクで乗り場へ向かう。広場のような場所にランクルが4,5台停まっていて、トゥクトゥクが広場に入ると大勢の客引きがトゥクトゥクにしがみついてきた。誰がランクルの運ちゃんが全く分からないが、一気に囲まれて、「何処へ行く?ジプチか?」と聞かれる。「どれが今日出るんだ?」と聞くと一人の男が「こっちだ」と言って、奥に停まっている古いランクルまで案内した。どのランクルにもほとんど人が乗ってなく、ホントに出るのかな?という感じだ。

ランクルの中にバックパックを入れて、出発を待つことにした。ソマリチャイを飲んで、子供たちと遊びながら二時間ほど待ったが、一向に出る気配はない。他に客はいなさそうだし、運ちゃんは車の塗装を始めてしまった。今から塗装して乾くはずないだろと思ったが、案の定、後で「ヤッパリ修理が必要で今日は出れない」と言い出した。

他のランクルが一台だけ出発するらしく、紹介してくれたが、彼らのマージンが載っているのか40ドル以下には下がらない。どうやら最初に間違った車に行ってしまったようだ。多分、人が集まらなければ車は出ない。ある程度人数が集まっている車の運ちゃんに交渉しないとダメだ。諦めてボラメに1泊することにした。

明日の朝にランクルが出るというが、それも怪しい。一台のランクルに運ちゃん込で15人乗せるいう。朝にそんな人数集まるわけない。嘘つきソマリ人だ。ソマリランドに入って読み始めた高野秀行の著書「謎の独立国家ソマリランド」ではソマリ人のことが、あまりよく書かれていなく、これまでの体験とはすこしギャップを感じていたが、ここに来て、本に書かれているソマリ人と現実の印象がだいぶかぶってきた。








2016/JAN/22 「ソマリアの海賊と寿司ざんまい」

ベルベラはハルゲイサから東へバスで三時間弱の小さな漁村だ。目の前はソマリアの海賊で有名なアデン湾で日本の自衛隊もジプチの基地から出動して活動している。まさか、こんなところまでくるとはなーとチェックインしたホテルのバルコニーから海を眺めていた。
港近くに使われなくなった船が斜めに水に浸かっているのが何隻もみえてシュールだ。

友達が送ってくれたニュースには「寿司ざんまいの社長がソマリアの海賊にマグロ漁を教えて、足を洗わせて海賊撲滅」とあった。ソマリアの海賊はほとんどが元漁師でお金に困り、海賊になったと言われている。プントランドは海賊支援国家と呼ばれ、今は海賊行為の身代金はプントランドの大事な収入源になっている。これは身代金交渉には、海賊行為を行った海賊の氏族の長老があたり、交渉の代償として身代金の40~50%を受けとるという慣習からだ。外国人が拉致されれば一億円くらいの身代金が用意され、半分近くは長老を介して、その氏族に入ることになる。実際、プントランドの建物や車はその金で建てられた物も少なくない。マグロ漁を覚えたからといって、海賊がいなくなるとは思えない。海賊が減ったのはむしろ、船に警備が付いたり、各国の軍艦が護衛にあたっているからだろう。

ベルベラはソマリランドで一番の港でここの税収やエチオピアが支払う港使用料、ここからサウジやイエメンに輸出する家畜がソマリランドの主な収入だ。だが、実際にはかなり寂れた寒村で、港には壊れた船が斜めに放置されているし、近くの浜辺はゴミだらけだ。魚市場も小さく、たいした量の魚は揚がってない。この国は大丈夫なのかな?と心配になる。実際にこの国を旅すると仕事をしてない人がほとんどだし、多くの店は昼過ぎに閉まり、エチオピアからのチャット(カート)が午後に届くとチャット屋に人だかりができ、午後、男どもはカフェや家で友人たちとチャットを噛んで過ごす。宿は安いが、飯は以外と高く、チキンとご飯で4ドルもする。だが、飯屋は大抵繁盛している。少しおかしいなーと思ったが、ソマリランドは海外に住む家族からの仕送りが、国の総収入の3分の1にもなると聞いて納得した。働かなくともお金は送られてくるのだ。見る限り、ソマリランドがエチオピアから買っているチャット代金はスゴいことになっているだろう。海外で働くソマリ人が送った金はエチオピアへ消えて行く。ソマリ人は本当にダメなやつらだ。


午後にビーチへ行ってみた。多くの人がビーチでサッカーしたり、泳いだりして遊んでいる。相変わらず、ゴミは多かったが、暑すぎるベルベラで泳ぐのは気持ちよかった。

ベルベラの町には市場もなく、小さな商店がいくつかあるだけで、フルーツ屋台も殆ど見かけなかった。ソマリランド一の港町のはずだが、無い物だらけだ。なにより暑くで町は日中、ゴーストタウンのようだ。廃墟と化した古い建物が放置され、カートをかじる以外の生産活動は見られない。

結局ベルベラでは有名なソマリアの海賊もみかけなかったが、寿司ざんまいを知ってる人もいなかった。社長は何処の海賊を改心させたのだろうか。















2016/JAN/20 「副長官のはからい」

ハルゲイサの町は砂埃がひどく暑くて快適とは程遠かった。ソマリ人はあまり他人に興味をもたないし、随分がさつな感じだ。町を歩いているとエチオピアとは比べ物にならないくらい、「チーナー!ニーハオ!」と声を掛けられる。半分は本当に中国人だとおもって声を掛けているが、半分は馬鹿にした感じがする。ソマリ人と話をすると大抵「ジャーナリストか?」と聞かれる。たぶんここへ来る外国人の殆どがジャーナリストなのだろう。

町で唯一舗装された街道を西へ歩いていくと、官庁街があり、その先に大統領官邸があり、さらに奥に警察署があった。首都といっても歩いて回れるサイズだ。

午前中、町は活気に満ちて、朝などずいぶん早い時間から通りには人が歩き始め、チャイ屋では朝食を取る人が大勢集まる。ソマリ人の朝食はチャパティのようなパンをお盆のような皿に平らに置き、そこに甘いソマリティーをぶっ掛けたものを手で食べる。このパンは柔らかいので、ティーに浸ると手で持ち上げることもできないほど脆く、すぐに千切れてしまう。そうして千切れたパンはティーと共にべチャべチャになり、食べづらくてしょうがない。この‘べチャパン’と呼ぶことにした食べ物を美味しいと思うことは最後までなかった。ソマリティーは香辛料が効いたミルクティーで美味しかったが、デフォルトで砂糖が死ぬほど入っていて、糖尿病が怖くて心から味を楽しめなかった。

ソマリランドはハルゲイサ以外を旅するには軍のエスコートが必要とロンプラに書いてある。他のツーリストもブログで同じ事を書いていて、1日一人20ドルの兵士を最低2人雇う必要があるので諦めたとあった。ただし、ロンプラにはこの原則はわりとルーズで現地の警察で確認しろともあった。

そんなわけで警察署へ行き、話しをすると、軍のコマンダーに会って話せといわれて、警官が軍の施設へ案内してくれた。軍の施設は入り口でかなり待たされたが、なんとか中に入れてもらえた。そして通された部屋には一人の軍服のおっさんが待っていた。肩に付いている星の数が多い。偉いやつだ。机の上のネームプレートを見ると副長官と書いてある。!!!!すげー偉い人だー!

とりあえず「軍のエスコート無しで旅したいんだけど」と聞くと「ノープロブレムだ。国内のすべての検問に連絡を入れておくので通れるはずだ」と心強い返事が返ってきた。いい人だー!と感動して、検問で揉めた時のために一緒に写真も撮らせてくれと頼むとそれにも快く応じてくれた。この副長官とのツーショット写真はソマリランドでは水戸黄門の印籠並みの力を発揮することだろう。

ホテルへ帰る途中、観光省に寄り、念のためそこでも渡航のためのレターを貰った。これでできることはすべてしたはずだ。さあ謎の独立国家ソマリランドを見て回ろう。













2016/JAN/19 「ホテルハルゲイサ」

ハラルからソマリランドへは、まずジジカ行きのミニバスに乗り、ジジカから国境のワチャレまでミニバスに乗る必要があった。

ワチャレの国境は国境にロープが張られていて多くの人が跨いで行き来していた。ここはエチオピアでは数少ない、外務省から退避勧告がでている所だ。もっともこれから行くソマリランドは全域で退避勧告が出ているが。

ソマリランドのイミグレは先進国にならい顔写真と指紋をとっていた。機器類は何故かソマリランドを承認してない日本からの寄付のようだ。スタッフはフレンドリーで「ウェルカム トゥー ソマリランド!」と何人にも話しかけられた。


ハルゲイサまではバスがあると聞いていたが、もうでてしまっていたので、ミニバンで行くことにした。値切って120ブルだったが、エチオピア人は100ブルで乗っていたと出発してから知った。ハルゲイサまでは何度も検問があり、パスポート確認だけだったり、詰め所まで行ったりと距離以上に時間がかかった。


ハルゲイサは思った以上に小さな町で、1本の街道沿いに町が作られていた。乾燥していて、日射しが強く、スーダンのように町中は砂ぼこりだらけだ。

とりあえず、ロンプラに載っているオリエンタルホテルに行ってみることにした。有名なホテルのようで誰もが場所を知っていた。中には大きな吹き抜けがあり、とても綺麗だ。しかし、シングルで15ドル、ツインでも30ドルと安くないので他を見てみることにした。それから三件目でようやくツイン10ドルという宿を探し当てた。出ると言われたホットシャワーは出なかったが、Wifiは繋がった。1階にはレストランもあり、陽気な店員のサミーは熱心に水晶やライオンのキバを見せて、売ろうとした。この「ホテルハルゲイサ」はこの町ではいいチョイスのように思えた。


現金が無いので両替をしようと両替所を探すと、町中に札束を積んだ両替屋が座っていた。一応、網をかけてはいるが、通りでこれだけの量の札束を直に置いているのに驚きだ。どれだけ治安がいいのだろう?不思議なことに、こんなにいるのにどこもレートは同じ。


夕方に店仕舞のようで、とりあえず少しだけ両替して、しばらく見ているとおっさん達はいっせいに札束を仕舞いはじめた。とてもお金を扱っているようには見えないくらい雑だ。札束がいくつか無くなっても気がつかないだろう。札束もインフレで両替すると、とんでもない量の札束になる。だから、こんなにたくさんの札束を並べる必要があるのだろう。このあたり一帯の両替屋の持ってる札束を集めれば25mプールくらいはうまりそうだ。現金を運ぶのも、工事現場でつかう一輪車に目いっぱい札束積んで運んでいる。ずいぶん不安定な現金輸送車だ。すっころんだら、現金ぶちまけることになる。これでも襲撃されないということはやはりソマリランドは安全なのだろう。















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