今日はまたシャバットだ。シャバットの朝は嘆きの壁に多くのユダヤ人が集まるというので早朝に見に行ってきた。ついでにキリストの墓も見てオリーブ山を登って昼頃に宿にもどるとシオリンと綾ちゃんがダイニングにいた。二人は確か今日アンマンへ行くと話をしていた。
シオリンと綾ちゃんはイスラエルからヨルダンに行ってそれからエジプトで友達と合流して、アフリカを南下するらしいが、イスラム国が大きな障害となっていた。
数日前にイスラエルのエイラットにイスラム国がテロ予告を出した。具体的な町の名前を出してのテロ予告は初めての事らしい。シナイ半島にはイスラム国勢力が潜んでいるといわれていて、先月にはシェルム エルシェイク発のロシアの航空機が爆破されていた。つい数日前にパリで同時多発テロがあったし、同じ日にベイルートでも内戦後最大のテロがあった。
二人はエイラットを避け、キングフセイン橋を抜けてアンマンへ行きぺトラだけ見てアンマンからカイロへ飛ぶと話していたが航空券代が3万以上して悩んでいた。「田付さんはどうするんですか?」と聞かれて「キングフセインを抜けるにはイスラエルでヨルダンビザを取らないといけない。それだとイスラエル入国の痕跡がパスポートに残るし、出国税もエイラットから抜けるより倍近くするからエイラットから抜けるよ」というと一緒に行っていいかと言ってきた。特にシオリンは遠くからでも目立つのでテロの標的にされかねないと思って悩んだが、国境へのシェアタクシーなど協力できることも多いのでダハブまでは一緒に行くことにした。
「じゃー出発は明日だ。あまり目立つ格好は避けよう」と二人に伝えた。その日は特に予定もなく出発の準備をする予定だった。イブじいは昼ごはんを作ってくれた。初めての魚料理だったが塩辛くて、一つ以上食べると身体に悪そうだった。イブじいは女の子がいるので一日中家にいていろいろな話をした。昨日やってきたアイルランド人のおばあさんが出てきて挨拶をした。とても品のあるおばあさんでよく一人できたなーと思えるほど歳をとっていた。イブじいはおばあさんに「なにか不自由はないか?食べ物は足りているか?」と親切に話をした。72歳のイブじいが85歳のおばあさんを心配する姿はどこか感動的だった。
イブじいは「彼女は初めロシア正教会に泊ろうとしたがお金を一銭も持ってないので断られて、ここへ連れてこられた」と言った。どれくらいの滞在か?と聞くと「ずっとだ」と答えたらしい。彼女はここで死を迎えるためにやってきたと。「エルサレムで最後を迎えよと神様が言った」という。イブじいはそれは困ると説得して帰ってもらうことになった。
イブじいはそういうキリスト教徒が後を絶たないという。今までにも100人以上ここで死にたいという人がきたらしい。そのたびに説得したり、大使館に電話して引き取ってもらったりしているらしい。イブじいは「この家はクレイジーイブラヒムハウスだ」と言った。
以前1泊だけ泊ってどこかへいなくなったオーストラリア人がいて、ある日警察に呼び出されていくと、彼は牢屋に入っていて「イブラヒム!俺だ!」と話しかけてきたという。彼は髯も伸びて最初気づかなかったが、思い出して「君か?どうしたんだ?」と聞くと警察は「この男は岩のドームのなかで隠れていたので捕まえた」と言った。「何故そんなことをした?」と聞くと男は持っている大きなバックの中の箱にキリストが再び降りてくるといい。そのために岩のドームで待機しなければならないと真剣に話したらしい。警察を出るには保釈金が必要でそれをイブじいに頼んだ。イブじいは払ってやったと言った。
イブじいは宿代(寄付制)を払ったかはよくチェックするがお金のない人からはお金をとらない。アイルランドのおばあさんも払ってないし、韓国人カップルはイスラエルに来る前ハンガリーでお金もカードも盗難にあってしまったのでタダだ。しかもイブじいは毎日小遣いを与えている。韓国人は調子に乗ってイブじいに「ポテトチップスが食べたいー」などと催促を始めるし、アイルランドのおばあさんはイギリスのアパートのデポジットを払ってくれとイブじいに頼んでいた。
この宿の管理をしているピーターは前任のアメリカ人がトイレで心臓発作で亡くなったためにやってきた。彼はかなりフレンドリーで食材の買い物や洗濯もしてくれるが、2面性があることに気づき始めた。ある夜、彼は外出していて深夜1時くらいに帰ってきた。入り口の鍵はピーターが持って行ってしまったので用心のため鍵ではなく内側からフックで扉のロックをしていた。彼は夜帰ってくると鍵で開けようとしたがフックがかかっていて開かないことに気がついた。みんなまだダイニングで話していたので何か音がすると言って、こんな時間に誰だろう?と恐る恐る扉に行き、「誰ですか?」と聞くと抜こう側から急に扉をすごい強さで叩かれた。とてつもない大きな音とともにガラス窓を閉めるために内側から引っ掛けて固定していたフォークが吹っ飛んできた。強盗だ!と思ったがその後、扉の裏から聞いたことのある「ハッハッハー」という笑い声が聞こえて、扉を開けると笑顔のピーターが立っていた。何だったんだ?と思ったが笑いながら上の階へ上っていった。それ以来、いつかピーターは切れてイブじいを殺すんではないかと心配になった。
ここは本当にクレイジーイブラヒムハウスだ。