2015/OCT/11 「ハリークリシュナ!」

リヴィウの町は他のウクライナの町よりもさらに哀愁漂う町だ。こういった崩壊感は旧ソ連の町に多く見られるが、リヴィウのように町が古い建物でいっぱいだとホントに百年くらい前なんじゃと錯覚するほどだ。鉄板を繋げて作ったようなトラムは日本なら博物館に飾られてるだろう。

リヴィウの町はかなり気に入ったので、少し長居をしようかとも思ったが、スロヴァキアのタトラ山脈で雪が降り始める前に登山をしたかったので早く進むことにした。

町を歩いていると妙な衣装で音楽を奏でながら踊っている集団を見かけた。よく聞くと「ハリークリシュナ、ハリークリシュナ」と謳っていた。これはヒンドゥーのクリシュナ信仰だ!と思って、昔リシュケシュで1週間ヨガを習ったときのことを思い出した。ヨガの前に必ず「ハリークリシュナ!」と復唱させられた。そのヨガのクラスは他にはイスラエル人しかおらず、彼らはユダヤ教なので神様はヤハウェのみでクリシュナは認められないので、先生が「ハリークリシュナ!」と言っても誰も復唱しなかった。結局、毎回先生と二人で「ハリークリシュナ!」と言い合った。まさかウクライナでハリークリシュナを聞くとは思いもしなった。ただし、音楽はわりとヨーロッパ的で踊ってるのもウクライナ人なのであまりインドっぽさは感じられない。

昨日、駅でリヴィウからスロヴァキアのコシツェまでの列車の値段を聞くと758フリヴニャと信じられない値段が返ってきた。しかもバスは無いという。

今朝、再度駅へ行き国境の町までの値段を聞くと116フリヴニャだった。位置的には中間だが、値段は七分の一だ。ここは刻んでいこうと決めた。駅から出ると外の温度計は4度だった。昼過ぎでこの気温はやばい。今日からはスノボの時にはいているメリノウールのスパッツにレインパンツ。上はベースレイヤー+化繊中厚長袖+ダウン+ゴアジャケットとほぼフル装備にした。マーケットではおばちゃん達が編んだ、ウールの靴下や腹巻があり買うか悩んだが、ニット帽だけの補強にとどめた。

夜行列車の時間までホテルのリビングでビールを飲んでいると、ホテルのスタッフはなにやら外を見てからこっちへ来て「雪だ!今年初だよ」と嬉しそうに言った。何故うれしいのまったく理解できないニュースだった。ここに来て完全に冬に追いつかれた。今夜は零時58分発の列車で移動だ。外はさぞかし寒いことだろう。






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