2016/MAR/1 「ティラピアと夕陽」

ムパタサファリクラブの豪華な朝食をたべ、シャワーを浴びるとすぐに荷物を運ぶためにスタッフが部屋にやって来た。本当は朝イチに誰もいないプールに飛び込んで、泳ごうかと思っていたが、そういう気温ではなかったので二度寝してしまった。

荷物を運んでもらいレセプションに行くと市原さんが待っていた。ここからキルゴリスという町までは足がないので、ホテルのスタッフが休暇で帰省するときの車に一緒に乗せてもらうことになっていた。そこからはマタツを二度乗り換えて、キスムまで行き、翌日にウガンダ国境を越える予定だ。

車には帰省するスタッフが6人ほどすでに車に乗って待っていた。市原さんにお礼を告げて、車に乗り込んだ。市原さんからは昨日面白い話を聞かせてもらったので、時間とお金に余裕があればもう一泊してもっと話を聞きたかった。「私の夫はマサイ戦士」という本を書いたマサイ族と結婚した日本人女性も友達だといい、その村はこの近くだという。この前エンブでお世話になったNGOの塩尻さんとも知り合いのようだ。

ホテルを出たところで突然、車が止まり何だろう?と後ろを見るとスタッフ達が目を閉じてモゴモゴと何やら唱えている。「何をしてるの?」と聞くと一人が旅の安全の祈りだと答えた。マサイ族にはこんな風習もあるようだ。この辺りはマサイ族の中でも、一番発展が遅れていて、来るときに見た村もサファリツアーで行った作られた村とは明らかに違っていた。本物のマサイ族だ。

キスムへはキルゴリスからマタツに乗り、キシという町へ行き、そこから別のマタツで三時間程で着いた。

ナイロビで再会を果たした厳ちゃんからはビクトリア湖の周りのレストランでティラピアという魚を食べるよう勧められていたが、魚は何時間も前に揚げられて並べてあったし、生の魚は何日もそこに放置されているようでカピカピで、とてつもない数のハエが止まっていた。

それでも湖畔のレストランに入って腰を下ろしたが、全く綺麗ではないビクトリア湖の水を見ると、もはやティラピアを食べる気にはならなかった。

しばらくすると雲に隠れていた太陽が顔を出し、どんどん水平線に向かって降りて行った。空も赤みを帯び、夕日を船上で見るための客を乗せた船が出発して行く。いい景色だ。

湖に夕陽が沈むのを見てから、宿への道を歩き始めた。ケニア最後の夕日がビクトリア湖とは豪華だなーと思った。明日はいよいよウガンダだ。




Recomend Posts

2017/APR/21 「最後の町」

日本へ帰る便は土曜日の昼にマドリッド発だったので、マドリッドには泊まらずトレドで 2 泊して、土曜の朝に直接空港へ向かうことにした。 マドリッド、トレド間は 30 分おきにバスがあり交通の便がよい。 トレドはスペインの有名観光地で、とても綺麗な町だ。スペインには何度も来てい...