2015/JUL/5 「首都ポートモレスビー」

朝起きて、顔を洗って下に降りると、昨日のパプア人のおじさんがいて挨拶をした。おじさんはもう3ヶ月以上ここに住んでいるらしい。「ミッショナリーなの?」と聞くと「そうだ」と答えるがあまり宗教に興味があるようには見えない。

もう手持ちの食料はなかったから宿のスタッフにお湯をもらってコーヒーを入れた。おじさんはまとまった金があるのでレイで土地を買おうと思うと言う。レイは都会だから土地の値段もすぐに上がると言う。あと修理中だが車を持っているのでそれで何か仕事をしたいらしい。おじさんは「どう思う?」と聞いてきたが「布教はしなくていいの?」と聞くと神妙な顔になり「いいんだ」と答えた。なんとなく気づいていたがパプア人のミッショナリーというのはファッション的な要素が強い。ミッショナリーというと周りから尊敬されるのでミッショナリーになるが実際にはたぶん布教活動はしていない。パスターになるための学校もたくさんあり、多くの人が通ってパスターになろうとするが社会的地位に惹かれてという感じだ。

「おじさんに空港までの行き方を聞くとバスを二回乗り換えて1時間以上かかると言われた。おじさんは危ないので最後の乗り換えるところまで送っていくと言い、10時になったら出発しようということになった。

後から起きてきたパプア人の女の子が朝食を作ってくれた。卵とジャムが入ったサンドイッチだった。奇妙な味だったが食料のない身分でなにも言えないので笑顔で食べきった。彼女は就職活動でレイに来てるといい、会社からの返事待ちらしい。給料は20003000キナくらいだという。途上国の中ではダントツで高いが、ここの物価では楽な暮らしではない額だ。

水を補充しようと冷蔵庫を開けると水の容器は凍っていた。それを見たおじさんは「ちょっと待ってろ」と言い、水道の水を上から足して容器をぐるぐる回し始めた。どうやら冷蔵庫の水は水道の水を冷やしただけで昨日がぶ飲みしたのを深く後悔した。PNGの水道の水はたいてい雨水をタンクに貯めたもので屋根の雨どいは大きなFRPのタンクにつながっていて、そこから水道に引いていた。

水はあきらめ、荷物をつめて10時に宿をでた。バスを乗りついで中心部へ出たが、レイの町は今まで見たどの町より魅力のない町で、どの町よりもはるかに治安が悪そうだった。歩道橋を登ろうとするとおじさんはそこは逃げ場がないから良くないと歩道橋の下を歩いて渡った。スーパーに入るとかなりきれいで驚いたが値段も他の町よりも高かった。相変わらず輸入品ばかりで日本のスーパーよりも高い。これでよくやっていけるなーと思う。

空港行きのバスに乗りこんで、おじさんにお礼をいうとバスはちょうど走り始めた。45分くらいで何もないところに建つ小さな空港に着いた。空港の周りには牛が歩いていたが、フェンスで囲まれただけのヴァニモやゴロカの空港よりは空港らしく見えた。

前回のヴァニモ発のTravel Airは突然キャンセルされたので安全をみて今回はPNGのナショナルフラッグのAir Niuginiにした。カルカル島のパウロが「Travel Airは以前ある空港で唯一のオーストラリア人スタッフが1週間の休暇を取ったとき、その1週間はその空港から1度も飛行機が飛ばなかったことがあった」と教えてくれたのを思い出し、Air Niuginiにして良かったと心から思った。飛行機はLCCのような感じだったが、1時間くらいでポートモレスビーに着いた。空港のBaggage claimのベルトはひとつしかなくすべての便の荷物がそこから送りだされてきた。その部屋には大きな看板が2つだけ壁に掛けてあり、ひとつはサバ缶の看板でもうひとつはツナ缶だった。

空港の建物から出て、タクシーレーンに行き、レイのおじさんの教えてくれたたゲストハウスの名前を告げると「いくらだ?」と聞かれたので「10キナだ」と答えるとそんなの無理に決まってるじゃーんという感じの反応だった。タクシーは20台くらい並んでたので片っ端から聞いてまわると後ろのほうのタクシーが「それでいい」と言い、乗せてくれた。だが行った先は違うホテルで1150キナだと言われた。どうやらタクシーの運ちゃんはその宿を知らないようで、そこのホテルのスタッフに場所を聞いて、また出発した。着いた宿は聞いてた名前とはニアミスだったが、とりあえず値段を聞くと150キナだった。宿のオーナーは150以下はポートモレスビーにはないよと言う。100で泊めてくれというとはじめは渋ったがOKが出た。日本人だというと急に対応がよくなり、部屋もAC付きの250キナもする部屋に移してくれた。ここでもJAICAの活動は有名なようだ。

とりあえずスーパーに行きたいというとアンクルと呼ばれるおじさんがエスコートすると言って一緒にスーパーへ歩いていった。宿の近くには他にも商店があったが、アンクルはスーパーのほうがいいぞと言い、大きなスーパーに連れて行ってくれた。スーパーは大きくてきれいだったが、カイバー*は地方よりも高かった。お腹は減ってなかったのでコーラだけ買い、アンクルにも買ってあげた。

宿は空港の近くなので首都というのはピンとこなかった。宿のオーナーに中心部を見たいと言うと今からでは遅いから無理だという。明日の飛行機でブリスベンに行くのでなんとか見ることはできないかと言うとアンクルがオーナーになにやら話をしはじめた。ところどころでコーラという単語が聞こえたので、たぶんさっき買ってあげたコーラの話が出てるっぽい。

オーナーはすこし機嫌悪そうに「ガソリン代を払うなら車を出してやる」と言った。オーナーにお礼を言って、町に出る準備をいそいでした。車には何故かアンクル含め5人も乗り込んだ。みんなかなりテンションが高く不安になったが、宿を出るといろいろと町の説明してくれた。ポートモレスビーもかなり広範囲な町で港がある中心部までは30分くらいかかった。港は立派で、すぐ後ろの丘の斜面には外国人が暮らす高級住宅が密集していた。高台にはホテルが建ち並び、そこからの景色はなかなかのものだった。港とは逆側には長いビーチがあり、エラビーチだとアンクルが教えてくれた。ビーチの前の道には高そうなホテルがあり、斜面にはたくさんのコンドミニアムが建ち並んでいた。エラビーチは歩くと残念なことにごみでいっぱいだった。パプア人はゴミ箱の観念はないので人が集まる場所にはごみの山ができる。今までの町も道にはゴミが溢れていた。

そこからすこし行くと銀行やアメリカ大使館がある中心街的な通りがあった。基本的にエラビーチ以外は外を歩いてる人はいない。中心なのにどこも閑散とした雰囲気だ。どちらかとういとここに来る前に通ったWaiganiのほうが市民のなかでは中心のようだった。

そこから国会議事堂を見に行き、途中大きなランダーバードに建つ建物を日本大使館だと教えてくれた。それはそう言われればそうかもという程度に日本っぽい建物だったが、他の国にある日本大使館に比べるとかなり貧相に見えた。

最後に連れて行ってもらった新しいスーパーはクアラルンプールにある大きなショッピングモールと比べても遜色ない立派なものだった。ガラスを多用した外部やLEDを使った看板など今までに見ることのなかったヴォキャブラリーだ。彼らはショッピングモールというものを知らないのでデラックスなスーパーと考えているようだった。たぶんこれはこの国で一番デラックスなスーパーだろう。





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