2015/JUN/30 「Riot」

深夜ジャングルの中を走り続けたトラックは明るくなってもまだ走り続けていた。9時くらいに道が良くなったと気がつくと、乗客がもうすぐマダンだと教えてくれた。

それから30分くらい走り町の中心らしきところでトラックは止まった。そこでみんな降りて荷物を降ろし、トラックは去っていった。大半の乗客はそこからレイ行きのバスに乗ると言った。すごいバイタリティーだ。一緒に乗ってきた乗客の一人が「どうするんだ?」と聞いてきたので「マダンで宿を探す」と答えると「おれはレイに行くけど兄弟がここに住んでるから、宿まで連れて行ってくれるよう頼んでやるから待て」と言って電話をはじめた。しばらくするとランクルが来て、その中から若い男とおじさんが出てきた。どうやらそのおじさんが兄弟らしく握手をして笑いながら話を始めた。そしてそのおじさんを紹介してくれ「後は大丈夫だ」と言うと、レイ行きのバスへ去っていった。


とりあえず初対面のおじさんと若い男とランクルに乗りこみ走り始めた。若い男はそのおじさんの息子で、英語がうまく走りながら町の案内をしてくれた。マダンもそう大きな町ではないが、ヴァニモやウィウェックに比べればまだ町っぽいように見えた。いくつか立派なホテルもあり、観光客用のお土産屋があるエリアもあった。


おじさんに「安いゲストハウスに行きたい」と言うと、息子がルートラン・ゲストハウスが近いといい、そこに向かった。ルートラン・ゲストハウスは今まで泊った2つのゲストハウスとは比べ物にならないくらい清潔でスタッフが床を掃除してる姿を見て感動した。だが値段を聞くと1130キナだった。ミッショナリーのゲストハウスは安いと聞いていたがそうでもないようだ。おじさんに「ここは高いから無理だ」と言い、立ち去ろうとするとゲストハウスのマネージャーのようなおばさんが「80キナでいいよ。それはミッショナリー用の値段だからそれよりは安くできないよ」と言った。それでも今までで一番高いなーと立ち去ろうとしたが、これまでの疲労とここの清潔さを考えてここに泊ることにした。おじさんにお礼を告げると、電話番号を書いた紙をくれ「何かあれば連絡くれ」と言って去っていった。

荷物を置いて、テーブルの椅子に座るとようやく休めるなーと力が抜けた。とりあえずバックからティーパックを出してお湯をもらいお茶を入れた。するとさっきのオバさんがスタッフに朝食を出してあげなさいと言ってくれてスタッフがパンとジャム、コーヒーを運んできてくれた。パンにこれでもかとジャムをぬり、コーヒーに砂糖をたっぷり入れて飲んだ。パンを6枚食べてようやく空腹が納まったので部屋に行き、荷物をほどいた。シャワーを浴びて、洗濯物を洗おうとスタッフにタライを借りに行くとスタッフが洗ってくれたのですこし横になった。

昼過ぎに起きて、リビングでスタッフと話をしていると外が急にさわがしくなり、外にいた人がダウンタウンで暴動だと教えてくれた。外から戻ってきた男が中華系のスーパーでパプア人が中国人スタッフを襲い、暴動になったという。そしてパプア人が一人撃たれて死んだらしい。警察は混乱を避けるため外出してる人を全員家に帰るように指示して回ってると言う。買い物に行こうと思ったのにまいったなーと思い、その男に食料を買いに行きたいと言うと、付いてきてくれるというので町にでた。通りは殺伐とした空気が流れていて、商店はどれも閉まっていた。警察の指示で村へ帰るパプア人を満載したトラックが走っていく。しばらく歩くと小さなお店が1件だけ開いていたのでそこでパンとツナ缶、クッキーを買って宿に帰った。

宿は暴動の話で持ちきりでこの手の暴動は中国人、フィリピン人がスーパーを経営して儲けていることの妬みからパプア人が中華系、フィリピン系の商店を襲う事件が定期的に起きると話していた。「今回はパプア人が殺されたから中国人をいきなり襲う輩も出るかもしれないのでお前も気をつけたほうがいい。中国人だと思われるかもしれない」と言われた。マダンは到着早々、超危険地帯になってしまった。







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