2016/FEB/19 「マサイ選抜」

7時出発と言われたが、ガイドは7時半にやってきた。まったく悪びれた感じもなく。元々7時半発を6時半にしたいといい、7時で折り合いがついたが、彼は元々の時刻より早く来るきは無かったようだ。

今日も同じゲートからマサイマラ国立公園に入る。昨日同様マサイ族のおばさん達が車に群がり、ナイロビのマーケットで見たものと全く同じおみやげ物類を売り付けてくる。相変わらず、欲しいものはゼロ。今日は車内に腕を突っ込んでこないようにすぐに窓を閉めてロック。

入口から暫く走るといきなりライオンの群れに遭遇した。メスが三頭に子供が三頭。車のすぐ近くを歩いてゆく。昨日も見たのにライオンに遭遇すると緊張感がある。そのあとは昨日同様にバッファロー、トムソンガゼル、アンテロープ、ヌーが道の両脇に所々に見られた。昼前にチーターが二匹、草むらで身を低くしていた。アンテロープを狩るのではと、すごいたくさんのサファリカーが集まってきた。これでは狩れるものも狩れない。結局30以上待っても動きはなく、その場を離れることにした。公園内にはたしかに動物はたくさんいるが、ネットで見たサファリの写真ほどは動物の数はいないように思えた。やはり、ニューケニアロッジの人が言っていた通り、動物達はタンザニアに移動したのだろうか。ただ、これ以上見たいかというと、十分な気がした。

ロッジに戻るとコーヒーだけ飲んで、歩いてマサイ族の村へ行くことになった。マサイ族の村は遠いのかと思っていたが、公園入口付近のロッジがある集落の中だった。徒歩5分。え!ここ!という感じ。周りにも同じようなマサイの村がたくさんある。作り自体は本物だが、マサイの村がこんなに密集しているのは、不自然だ。マサイマラはアフリカ一有名なサファリでたくさんのツーリストが訪れる。なのでこんなにたくさん、マサイの村ができてしまったのだろう。つまりこれらはツーリスト用だ。

マサイの村と言っても、マサイは基本的にひとつの家族でひとつの集落をつくるので、この数軒の建物が集まって木の柵で囲まれたものが、ひとつの家族ということだ。ただし、家族といっても、何人でも妻を取れるマサイの家族はそれなりの人数になる。集落の中はそれほど活気はなく、しばらくして、男達が有名な垂直飛びを見せてくれたり、踊りを披露したりして、その後、住居の中を見学して終わりという感じ。となりの集落でも他のツーリスト相手にまったく同じことをしていることだろう。

一緒のツアーの大学生達はサッカーボールを持って来ていて、マサイ族とサッカーをしようということになった。マサイだし、サッカーなんてやったことないだろと思っていたが、ぜんぜん上手い。さすが、観光用マサイ族はチャンピオンズリーグも見るし、日ごろからサッカーをして遊んでいる。しかも、上手いヤツを集落を越えて集めてきたので、あきらかにこちらより動きがいい。始める前に負けたほうが、何かプレゼントをするというマサイの提案をうけたことを後悔した。

いつの間にかたくさんのマサイの子供達がまわりに集まり、一大イベントのようになったが、勝ったのはマサイ選抜だった。しかも、最後はわざと1点差まで追いつかせて、盛り上げらふしさえあった。なんか日本はたいしたことないと思われてしまったようで悔しい。だれかサッカー得意な旅人を集めて、マサイ選抜を倒しにいってほしいものだ。


勝負がつくとマサイ選抜はプレゼントはお金がいいと言い始めた。観光用マサイは言うことも夢がない。みんなあげれるようなものはなにも無いというので、スーダンのスークで商店のオヤジから貰った香水をあげることにした。いらないのにあげると言われて3ヶ月も一緒に旅した香水もここでマサイ族に受け継がれることになった。手渡すと全員でクンクン匂いを嗅いでいた。香水を使うのは初めてかもしれない。次にこの村を訪れるツーリストはこの香りに気がつくのだろうか。



















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