2016/AUG/29 「悲しみを越えて」

アンドリンギチャでトレッキングを終え、そのまま夜行タクシーブルースでタナに着いた。着いたときはまだ真っ暗闇。真っ暗の中、数百は止まっているタクシーブルースの間を縫って、ターミナルの外に出た。昨夜はひどい寒さで、窓際の席だったため、すきま風で冷えきってしまった。ダウンとゴアジャケットで乗り越えれると思っていたが、寝袋を出すべきだった。身体を暖めるためにコーヒー屋台を捜して歩くと、すぐにタクシーの客引きが寄ってきた。北部へ向かうタクシーブルースが発着するターミナルまで聞くと、25,000アリアリ(825円)だと言う。「15,000でどうか」と言うと「オッケーだ」といって、バックパックを担いで車に案内したが、その車には他にも客が乗っていて、シェアタクシーだった。「それなら10,000だろ」と言うと、「無理だ無理だ」と言い、他の客を捕まえに行ってしまった。車の外で待っていると次々と客引きが来るので、10,000で声を掛けると、一人だけオッケーする男がいた。マダガスカルではタクシーにはまだ乗ってないので、値段の相場が分からないが、これ以上ということは無いだろう。

北部ターミナルは通りの両側に沢山タクシーブルースのオフィスが並んでいるだけだった。通りには食べ物やコーヒー屋台があり、チケットを買ってから、朝食にした。次なる目的地のノシベに行くためにアンバジャとい所まで行って、別のタクシーブルースに乗り換え、さらに船に乗らなければならない。15時間と言っていたが、20時間といったところか。アンバジャ行きのタクシーブルースは午後1時発で、値段は60,000を値切って50,000アリアリだった。

昨日からの疲労と、3日間のトレッキング前からずっとシャワーを浴びてないので、ホットシャワーを浴びて、横になりたかった。近くのホテルで、クリーナーにチップを握らせシャワーを使わせてもらった。ホットと言ったのにギリギリ浴びれるくらいの温度でよけいに体調が悪くなってきた。そのあとは取り合えず、色々なものを食べ、ビタミン剤と風邪薬を飲んで、プレミアリーグの衛星放送の入るレストランで休んだ。

時間通りには出ないと思ったが、出たのは夕方4時だった。二列目を予約したのに、何故か3列目の中央右で、左には無口な歳のいったオジさんが座っていた。逆となりにはウォッカの瓶を手に持ったすでに出来上がったノリノリのオッサンだ。まーいいかと、取り合えず寝ることに専念した。気が付くと4時間くらいは経っていて、そろそろ飯かなーと遠くを眺めていると、左のおじさんが、いきなり「ヴーーー」と声を挙げ、両手を広げてプルプルさせた。運ちゃん含め、皆ビックリして、おじさんを見たが、そのあとおじさんは前のシートに顔を持たれて、動かなくなってしまった。「大丈夫か?」と声を掛けて、顔を上げさせると、後ろのシートに持たれて、斜め上を向いて目を閉じて、苦しそうな表情で「スーースーー」と寝息のようなものが聞こえた。逆隣のノリノリのオッサンが、「こいつ酔っぱらってるんだ」と言い、おじさんの顔に水を掛け出した。「何てことするんだ」と思ったが、何の反応もないので、運ちゃんに「車を走らせろ」と指事し、運ちゃんも車を走らせた。15分くらいして、村に差し掛かったときに車を止め、運ちゃんが医者を連れてきた。医者だという男が聴診器を片手に車にやって来たが、とても医者には見えなかった。男はおじさんに話しかけたり、頬っぺたを叩いたりしたあとに聴診器を胸にあて、手首の脈を調べた。そして、その医者は「もう亡くなってる」と告げた。皆ビックリして一気に車を降りた。ノリノリのオッサンはばつの悪そうな顔をしている。きっとさっきの叫びが心臓発作だったのだろう。

問題はおじさんは一人でタクシーブルースに乗っていて、誰だか分からない。財布や身分証的なものもない。唯一おじさんが握りしめていた携帯が手掛かりで、運ちゃんが、着信履歴から幾つか履歴発信して、親族を探しだした。さらに警察を呼び、事情説明をするとなんとタナへ戻れと言う。それには皆、かなり落胆した。警察の指示だし、運ちゃんは帰ると言うのでしょうがない。おじさんの遺体は起こしておくのも安定しないので、3列目全てを使って寝かせることにした。満席のタクシーブルースはさらに四人分詰めて乗ることになり、元来た道をタナへ向けて走り始めた。ギュウギュウの車内で3列目だけおじさん一人が寝るという不均一な密度のなか、誰一人口を開かなかった。

一時間位走ったところで、警察のチェックポストがあり止められた。死体を運んでいて警察に止められるといのは、良くない予感がする。運ちゃんが説明をする。すると警察はタナではなく、この先の町の病院まで搬送すれば、あとは病院がタナまで搬送すると言った。皆、タナまで戻らないで良かったと、声を出さずに安堵の息を吐いた。

病院に着くと、乗っていた男達でおじさんをストレッチャーに乗せ、中まで運んだ。手伝った一人の奥さんが、これで手を洗えと車の中からペットボトルの水を掛けて、他の男たちも一応洗っておこうかと手を流した。特に汚い物に触ったわけではないが、それなら俺もと一緒に手を洗った。

おじさんが声を挙げた時に心臓マッサージをすれば、助かったのだろうか?医者でもない限りその判断をあの場ですることは出来ないだろう。こんなときに建築家は役に立たないなーとアンバジャへ向け再出発した車のなかでずっと考えた。家族にも看取られず、タクシーブルースの中で心臓発作をおこし、酔っぱらいと思われ水をかけられて死ぬのは、あまりに不憫だ。旅を続け、いつか自分もこんな死に方をする可能性もなきにしもあらずだなと考えたりした。

その後もおじさんに水を掛けたオッサンは、アンバジャからのシェアタクシー、船、港からホテルまでのシェアタクシーとホテルの前まですべて面倒を見てくれた。飲みかけのウォッカのボトルは、それから別れるまで減ることはなかった。おじさんも懺悔の気持ちで人に優しくせずにはいられなかったのかも知れない。



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