2016/NOV/14 「シュバイツァーの建築」

朝の8時過ぎにイミグレに行ってみると、四人ほど外で待っている人がいて、聞くと「チーフがまだ来てないので待っている」と答えた。扉は開いていて、スタッフもいるが、そのチーフが来ないと入国審査ができないらしい。

30分ほど待つとチーフが車でやって来て、それからしばらくすると、中に入れてもらえ、無事入国スタンプをもらえた。宿に戻り、荷物を纏めて出ると、ちょうどランバレネへ行くミニバスがでるところだった。

道路は舗装されていて、ミニバスは結構なスピードですすむ。コンゴから来るとこの道路には感動する。ここから首都のリーブルビルの途中にランバレネという町があり、そこに1泊してから、リーブルビルに行く予定だ。

ランバレネは、ノーベル平和賞を受賞したシュバイツァー博士が医療活動をしていた場所で、当時の病院や彼の家が博物館になっているという。

ランバレネには2時過ぎに着き、昼飯を食べて、宿を探してから、博物館へ向かった。
飯は屋台で焼いた豚肉をスライスして、マスタードと醤油のようなものをかけたものと、マニョーク。国境を越えてから、この屋台をよく目にする。コンゴの焼き鳥屋台と似ているが、こうやってスライスして出すのはガボンに入ってからだ。ガボンは一人あたりのGDP80万円くらいあるmiddle classカントリーなので、物価は高いものだと思っていたが、今のところコンゴよりすこし高いだけで、そこまでは変わらない。飯も2ドルも出せば、ピラフのようなライスに肉がのっかった物がだべれるし、この焼豚とマニョークも合わせて850CFA(150)とけして高くはない。ビールも中瓶で600CFAとコンゴと100しか変わらない。

宿は3軒ほど回って、一番安かった5000CFAのところにした。廃墟のような建物でトイレ、シャワーも共同だったが、これくらい汚い宿だとトイレ、シャワーは部屋とは別の方がむしろ良いし、まー1泊だけなら特に問題にはならなかった。電気が24時間使えるのでコンゴに較べればましだ。と言ってもコンゴではホテルには1泊もしてないが。

ランバレネの町は川の東側、西側、島と3つに別れていて、宿のある町の中心は東側、博物館は西側にあった。川はまっ茶色で、ジャングルの中を流れている。歩いて行こうと思ったが、宿のオヤジが暑いからタクれと勧めてきた。300CFA(53)で行けると言うのでタクる事にした。どうやらガボンもシェアタクシーが町中を走っていて、安い値段で乗れるようだ。

博物館は病院の敷地内にあり、博士の死後、新しく病院が建てられ、博士の家や前の病院は博物館として保存されている。この病院はなかなかの評判でしっかりと機能している。
博士の家や前の病院は川の畔にあり、当時は道路がなく、船で患者がやって来たと言うのがわかる。レセプションは博士と奥さんの暮らした建物にあり、広い部屋に展示物が並んでいた。この病院が他と違うのは、お金を払えない患者や家族が、病院で仕事を与えられ、働いているというところだ。患者達が暮らす家も敷地内にあり、さながら病院を中心にした村のような感じだったようだ。説明には`Hospital Village'と書いてあった。これは金のない村人達が診察を受けられるようにするのと、病院運営のコスト削減するという他に、病の患者が仕事を与えられることによって、日々のやりがいを得て、人らしく暮らすという考えによるものらしい。

この病院で特筆すべきはこの建物で、壁面は全て木の格子に網が張られていて、ガラスや壁面はない。この格子の網戸の中に透けないくらいの白いカーテンがあり、プライバリシーを確保している。さらに天井にも1列網の面があり、天井裏に空気が抜けるようになっている。その天井裏は屋根の側面の網の格子面から風が入るようになっていて、天井裏にまわった熱が外に抜けるようになっている。

寝室からベランダへ出る扉も壁と同じ網の格子で出来ている。まるでデザイナーがやるような意匠だ。部屋のなかは川から丘へと抜ける風が通るので涼しい。この建物はまさにこの高温多湿の気候のためにデザインされたものだ。

博士がこれを100年も前に考えて、赤道直下のアフリカのジャングルで建てたというのは、信じられないくらいスゴいことだ。今までにも仕事がら東南アジアなどに建てるエコ建築の案を多数見たことがあるが、この建物はそのどれよりも間違えなく快適だ。ここに住んでない人では、ここまでこの気候のなか機能する建物は作れないだろう。なにしろこんな建物は今までに見たことがない。

シュバイツァー博士は哲学の博士号を持っていて、著書もある。ピアノもコンサートを開くほどの腕で、医者でもある。その上こんな建物まで、自分で考えたとしたなら、とてつもない多才だったということだ。

彼の診療所も当時のまま保存されていて、ガイドの案内で見て回ることができた。ここで も壁面は同じ格子で出来ている。


川沿いには現地の人が釣りをしていた。ユックリと流れる茶色い水と密度の高いジャングルは、アマゾンのようだ。100年も前にこの地に立った博士はどうやって、ここに一生を捧げる意思を固めたのだろう。



















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