2016AUG/25 「ユルいバラ族の儀式」

朝、目か覚めると、JBの息子が起きているようで、向こうの部屋でガサゴソと音が聞こえた。起きて、外に出るとJBも来ていた。JBは「よく眠れたか?」と挨拶してきて、「今、息子に言って、お湯を沸かしてやる」と言った。顔を洗うだけなのでお湯は必要なかったが、折角息子が用意してくれたので甘える事にした。JBは「出発は8:30だから、それまでにオフィスに来てくれ」と言って、また出ていった。トレッキングに持っていく荷物を分け、それ以外は纏めて、JBの家に置かせてもらった。

8
時にオフィスに行き、「前払いならお金が足りないからATMに行かないと行けないんだけど」と言うと、「じゃー急げ。ほらこれでそこのトゥクトゥクに言えば連れていってくれる」と言い、1000アリアリをくれた。

お金を下ろして戻ってくるとオフィスにはフランス人の女の子二人とチュニジア人のおじさんが待っていた。どうやら一緒に3日間歩くメンバーのようだ。フランス人の方は一人はかなり若く、もう一人は40位に見えた。後者はマダガスカルにもう二年も住んでいるといい、もう一人とチュニジア人は夏休みの旅行らしい。フランス語だけかな?と心配したが、歳いった方のフランス人はわりと英語が話せたので良かった。

オフィスからJBトレッキング所属のガイド一人が加わりランクルで公園入り口へ走り出した。公園入り口前には管理事務所があり、手続きをし、公認ガイドとポーターが二人加わった。

このトレッキングの行程は、中央にある山脈の東側の入り口から入り、二日目にマダガスカルで二番目に高いピック ボビーに登り、中央山脈を越えて、西側の出口から戻るというコース。一日目はピック ボビーのベースキャンプまで行きテント泊だ。

歩き始めてすぐに、目の前に滝が2つある場所に出た。なかなかの景色だ。左が女の滝で右が男らしい。ここから女の滝のさらに左をまいて登ってゆく。皆なかなか早い足取りだ。

しばらく登りが続き、登りきるとそこには草原が広がり、中央山脈の切り立った岩肌が見えた。途中の川の中洲の岩の上で休憩をとった。水はとても綺麗で冷たい。チュニジアのおじさん(以後チュニス)は、歩き回って写真を取り巻くっている。景色が終わると自分の写真も取ってくれと頼んできた。チュニスはその後、チュニジアの建築家だと分かり、建築家同士かなり盛り上がった。チュニスもここに来る前にザファマリニへ行ったと言い、「キドド良かったよね」とふると「本当に綺麗だった」と興奮して、他のフランス人達に説明を始めた。ああゆう伝統建築だけで出来た村は、建築家にはたまらない。チュニスはトレッキングがとてもハードだったと言ったが、トレッキング以外にも色々ハードだった気がする。

途中の休憩が長すぎたのか、たいして歩いてないのにキャンプサイトに着いたのは4時半をまわっていた。もう少しで日が山の向こうへ消えてしまいそうだ。自分のテントを持ってきていたが、ガイドが「風が強いから用意したテントにチュニスと一緒に泊まったほうがいい」と言ってきた。たしかにボツワナで買ったテントは迷彩はでカッコいいが、風が吹けば飛んでいってしまう代物だ。雨もNGだし。

ガイドは「チュニスにはもう話してあって、彼はイビキが酷いのでそれでも良ければ構わないと言っている」と言うので了承した。ここでテントを失うわけにはいかない。

キャンプサイトには調理をするための簡単なつくりの小屋があり、そこで夕飯の支度が始まった。その間、フランス人とチュニスとお茶を飲みながら、皆で色々な話をした。

ガイドは山の向こうに住むバラ族の話をし、「結婚する資格を得るための儀式として牛を盗まないとならない」と話をした。マサイ族は結婚するのにライオンを殺さなければならないと言うのに、だいぶユルい儀式だ。なにより村の人にとって迷惑この上ない儀式だ。そんなことで貴重な牛を盗まれた方はたまらない。アンティラベの近くの村で見た死体を掘り起こして踊る儀式といい、マダガスカルもアフリカ同様、不思議な儀式ばかりだ。






















Recomend Posts

2017/APR/21 「最後の町」

日本へ帰る便は土曜日の昼にマドリッド発だったので、マドリッドには泊まらずトレドで 2 泊して、土曜の朝に直接空港へ向かうことにした。 マドリッド、トレド間は 30 分おきにバスがあり交通の便がよい。 トレドはスペインの有名観光地で、とても綺麗な町だ。スペインには何度も来てい...