バンギでの週末があけた。今日はなんとかカメルーンのビザを取らなければならない。バンギからカメルーン国境までの国連治安維持軍の護衛隊は火曜と土曜にしか出てないので、火曜の護衛隊と移動するトラックに乗るには今日ビザが必要だ。
朝9時に大使館に到着。念のために靴と長ズボンをはいてきた。アフリカではたまに短パンやサンダルでは入れてくれない大使館があるので、大使館には常に長ズボンと靴をはいていくことにしている。アフリカの大使館のスタッフには二通りの人間がいる。一つは外国人にとてもフレンドリーでようこそ!という感じの人で、もう一つは外国人は黒人を見下していると思い込んでる人。後者は本当に厄介で、被害妄想の塊だ。中部アフリカではさらにフランス語という言葉の壁が存在する。
早速中に入って、受付でビザが欲しいと告げる。受付には太ったおばさんがどっしりと座っていて、唇以外は殆ど動きが見られない。このおばさんはまさに先に述べた後者で、なおかつ英語が一切喋れない。英語の話せない大使館のスタッフに英語で話すとかなり嫌な顔をされるのが普通だが、このおばさんは嫌な顔というより、完全無視を決め込もうとした。
片言のフランス語でカメルーンに行きたいと告げてパスポートを渡すと、何やら中央アフリカのビザに問題があるようなことを言い出した。彼女はフランス語しか話さないので、詳細はわからないが、ビザをよく見ると、発行日が12月12日。そして期限の欄には2週間と書かれた後にカッコがあり、その中に12月13日と書かれていた。これをこの太ったおばさんは12月13日までだと解釈して、このビザは切れていると言った。なんで2週間と書かれた12月12日発行のビザが12月13日に切れるのか意味がわからない。12月13日から2週間と解釈するのが普通だと思うが、おばさんはまったく人の話を聞かずに、中央アフリカビザが切れているので、カメルーンビザの申請はできないと言い出した。ここまでおばさんはまったく笑顔を見せることはなく、唇以外は一切動かしていない。
他の人と話がしたいと頼むと、外のベンチで待てと言われ、外で待つことにした。30分ほどしておばさんは隣の部屋へ通してくれ、そこには一人の男が座っていた。おばさんは男にフランス語で成り行きを説明をして、男もウンウンいって、これは問題だなーみたいな雰囲気になった。男は何か質問をしてきたが、フランス語で分からなかった。男は忙しいようで、じゃーこれでと言って部屋から出ていってしまった。おばさんも自分の部屋へと帰っていき、あとは完全放置。
おばさんに再度、ビザは取れないの?と言うと、キレて何やらフランス語で怒鳴って部屋から追い出されてしまった。
何故こんな対応を受けなければならないのか全くわからない。少し考えれば、ビザは取った日から2週間で問題はないはずなのに、なんでこんなひねくれた解釈になるのか、こんな酷い態度を取るのが理解に苦しむ。
だが、そうも言ってられないので、上司らしき男が戻るのを部屋の外で待ち、帰ってきたときにもう一度話ができるか聞いてみた。男はじつは英語がわりとできるようで、英語で返事を返した。ここが唯一の突破口にちがいないと思えた。
付近におばさんがいないことを確認してから、男に中央アフリカビザは12月12日に取って、2週間と書いてあるのだから、13日で切れるわけがないこと、このビザで13日に入国し、15日にもバンギに入るときにチェックがあり、スタンプを貰っているので、このビザには問題が無いことを説明すると、確かにビザは問題がないかもしれないとグッとこっちに引き寄せることができた。
それから今後の旅程を説明し、チャドビザを取るためにカメルーンに戻る必要があること、そのためのインビテーションレターを持っていること、そのあとはニジェールに抜けられれば抜けるが、危険なら再度カメルーンに戻り、ナイジェリアに抜けることを説明した。男はとても理解があり、「分かった。大使に聞いてみる」と答えた。その時、部屋の扉が開き、さっきのおばさんが書類を持って入ってきた。男はおばさんにも成り行きを説明すると、おばさんは声を張り上げて何かを主張しはじめた。明らかにこちらに不利な主張だろう。男はおばさんをなだめ、おばさんを連れて部屋を出ていった。因みにこのおばさんはこの男の秘書だった。
しばらくして男は戻ってくると、「ビザは出せる。ダブルエントリーも問題ないが、20日間しか出せない」と言った。そして本当は二日後だが、明日の国連治安維持軍の出発に合わせるために今日の午後3時に受け取れると言った。しかも値段は1ヶ月のシングルエントリーと同じだ。これは100点満点とはいかないまでも、かなりいい妥協点だと思った。別室で50,000CFA(10,000円)払って男にお礼を述べてから、大使館を後にした。
昼飯を食い、時間を潰して3時に大使館に戻ると建物の中ではすでにたくさんの人が待っていた。中国人も5人くらいいた。やはり、こんな内線状態でも中国人は進出してくる。人が危ないと思う場所は、特定の人にはチャンスと写るから不思議だ。
太ったおばさんにビザを取りに来たと言うと、おばさんは明日の午後に来いと言った。「え!今日貰えないと明日のトラックに乗れないし、トラックにも話をつけてあるんだけど?」と言うと、またキレだしてフランス語で何かを叫びだした。そして部屋の扉を閉じようとする。他の部屋から別のスタッフが出てきたので、なんでビザを貰えないか聞くと、今日は大使が早めに帰ってしまって、ビザにサインができないという。このあとあのおばさんがパスポートをもってサインを貰いに行くと説明してくれた。
おばさんの部屋に行き、明日の朝イチに来るので受け取れるか聞くと、おばさんは完全無視で、それでも話し続けると「出ていけ!!」と怒鳴りだした。しかもそのまま、大使館の外まで追い出された。こんなことをする大使館のスタッフは初めてだ。あのナイジェリア大使館の狂犬を思い出す。彼女も受付で、外国人に対して強いコンプレックスを持っていて、何かを頼むたびに怒り狂った。
カメルーン人は比較的話の分かる人間が多かったが、まさかこんな人がいようとは思いもよらなかった。カメルーンにも狂犬はいるのだ。明日の出発を逃すとこの紛争中の中央アフリカでクリスマスを迎えることになる。リアル戦場のメリークリスマスだ。
宿に戻るとセオドーがビールを飲んでいた。ビザを取れなかったことを伝え、セオドーに明日カメルーンに出発するのかと聞くと、「いや、コンゴへ行く」と答えた。「え!川の向こう?この前は火曜にカメルーンに帰るって言ってたよね。」というと「そうだ。my journey will continue」と少し真剣な眼差しで答えた。きっと今後へ荷物を運ぶ依頼があったのだろう。運転手たちはここからドゥアラまで手ぶらでは帰れないので仕事を見つけなくてはならない。彼は運悪くここからドゥアラまでの仕事ではなく、コンゴへの仕事を見つけてしまったのだろう。ドゥアラからここまで荷物を運び、ここからコンゴへ新たな荷物を運ぶ。その先は何処へ行くのだろう。どうやってドゥアラに帰るのか検討もつかない。彼らは仕事の有る限り何処までも行くのだろう。ドゥアラからバンギに来て、そこからコンゴ民主へいくなど並大抵の旅人ではない。これまでの旅のなかで多くの偉大な旅人に会ったが、彼もまたGranTuristaのひとりだ。
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