ジカンショールのガラージ(バスターミナル)へ行くと丁度一人分だけ空きのあるミニバスがあり、すぐに出発できた。最近の移動では無かった幸運だ。
セネガル国境までは一時間とかからず着いたが、ギニアビサウに入ってからはいちいち途中の町で長く停まるのでビサウまで3時間以上かかった。
ギニアビサウの首都ビサウは安宿がないことで有名で、よくバックパッカーが泊まるという中心部のペンサオは1泊15,000CFA(3000円)とアフリカで最貧国と言われる国にしては信じられないほど高い。
ビサウのガラージに着いた時、まず辺りにカンプマンがないか聞いてみた。カンプマンと言ったのは、ホテルというと高い宿に連れていかれるからだ。フランス語圏では、宿はホテル、オーペルジュ、カンプマンがあり、順をおって簡素になっていく。中には高級なオーペルジュもあったりもするがホテルよりこじんまりしたイメージだ。さらにコールハウスと呼ばれる連れ込み宿もあり、これは時間で借りることもできるが環境が劣悪なことが多い。乗ってきたミニバスの助手のアラーギが少し英語が出来たので、近くのカンプマンに連れていってくれることになった。
ガラージから集落を10分ほど歩くとピンク色に塗られた建物があり、それがアラーギの言うカンプマンだった。建物には誰もいなく、隣の家の人が経営していて、家の人が鍵を持ってきて見せてくれた。アフリカでも滅多にないほど酷い部屋で値段も7000CFA(1200円)。5000CFAになるか交渉するとあっさり断られた。誰も泊まってなさそうだし、網戸も扇風機も蚊帳もなく、水もバケツに汲んだものしかないのにこの値段を取ろうとするのは理解しがたい。
困っているとアラーギはうちに来るか?と言うので、甘えることにした。きっとまたスラムの貧しい家なのかなーと思っていたが、着くと大きなキレイな家でリビングには豪華なソファセットと大きなLEDテレビが置いてありビックリした。太った姉妹がソファがあるのに床で飯を食べている。みんなスマートフォンを持っているし、服もキレイだ。一体なんでこんな家の子がミニバスの助手をしているのだろう。
飯が出てきて食べろと言う。ついさっきバスターミナルで食べたので腹は減ってなかったが、アラーギと二人でちょっと無理して食べた。
荷物を置いて、町の中心を見て戻ってくると、どうもこの家に泊まれる訳ではないことがわかった。実はこの家の父親の兄弟が来るので、彼の部屋はその兄弟が使うという。なので彼はガラージ近くの知り合いの家に泊まらなければならず、そっちの家に泊まれということになった。シャワーはこの家で浴びて、荷物も置いていったらいいと言う。
そして、二人でガラージへ戻った。既に日が沈み暗くなっていたが、アラーギはバスの運ちゃんたちと話をして、一人の男を紹介した。今夜はこの人の家ということか?
その男は暗闇の中スタスタと歩き、かなりボロボロの建物の前で止まった。アラーギはここだと言う。アラーギの実家と比べ星の数が4つは減った感じだ。中には宿のように廊下と幾つもの部屋があり、一つの部屋に案内された。
ここで寝ろといい、心配するなタダだと付け加えた。あまりにボロボロでむしろタダでなければ絶対泊まらない部屋だ。アラーギは別の部屋で泊まるらしくどっかへ行ってしまった。
一体なんであんな家に住んでる子供がこんな所に泊まるのか分からない。雨と風が凌げるとしか形容のしょうがない場所だ。しかも気配からたくさんの人が住んでいるようだ。
まー仕方ないかと横になって寝ていると、さっきの案内してくれた男が戻ってきた。どうやらこの部屋は彼の部屋で彼もここで寝るらしい。大きなスポンジベッドに並んで寝ることになった。今から他の選択肢を探すことは不可能だ。蚊がブンブン飛んでいたが扇風機があるのだけが幸いだった。
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